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松浦武四郎「東海道山すじ日記」から(その2補足)

昨年の5月の「その1」から11月の「まとめ」まで、松浦武四郎の「東海道山すじ日記」(以下「日記」)の神奈川県域内の区間について、私なりの分析を試みました。その際には冨山房から出版された武四郎の紀行集(吉田武三編、1975 & 77年)に依拠しており、他の翻刻や影印には当たることは出来ませんでした。特に「その2」では「窪田」と表記されている地名が「荏田」の誤記または翻刻ミスではないかと書きましたが、影印を見ていないためにどちらであるかを断定することは出来ませんでした。

最近になって改めてネット上を探したところ、「松浦武四郎案内処」というサイトの中に「日記」の影印と翻刻が掲載されていました。そこで、「窪田」と記されている箇所を確認してみました。

該当箇所は上記翻刻の8ページ、5行目の一番下にあります。私は崩し字を読む能力はあまり持ち合わせていませんが、ここに記されている字は少なくとも「荏」の字とは読めないもので、「窪」とするのが妥当である様に見受けられます。従って、この箇所については翻刻ミスの可能性は消えたと言ってよいと思います。武四郎自身が何らかの理由で当地の地名を「窪田」であると判断して書き記したことになりますが、その理由については「その2」で考察した通りです。

なお、「松浦武四郎案内処」の他のページに従えば、明治2年の道中の日誌は残っていないとのことであり、武四郎が書き残したものによってこの道中の事情を更に掘り下げることは、残念ながら叶わない模様です。
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