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【史料集】「新編相模国風土記稿」愛甲郡各村の街道の記述(その1)

「新編相模国風土記稿」の各村の街道の記述をまとめる作業は、大住郡の途中で頓挫した後、高座郡から続きの作業を行ってひとまず津久井県まで完了しました。残っているのは大住郡の残りの部分と愛甲郡ですが、愛甲郡を後回しにしたのは、「八王子道」「甲州道」「津久井道」といった呼称が複数の道筋で用いらていたり、同じ道が複数の呼称で呼ばれていたり、更には1つの街道が複数の道筋を指している様に読み取れるなど、大住郡ほどではないにしても記述が今一つ整理し切れていない様に見えるからです。

愛甲郡も大住郡同様に、足柄上郡・足柄下郡よりも後に編集されており、小田原藩から提供されたと見受けられる情報に基づいた詳細な記述に倣おうとして、少しでも多くの街道を網羅しようとしている様に見受けられます。もっとも、大住郡とは違い愛甲郡内には荻野山中藩の様な比較的広域を司る行政機関が存在していました(時代による幾らかの入れ替わりはあるものの、郡中の村数の約半分に当たる20村ほどが同藩の属でした)ので、同藩の協力が多少なりともあった可能性はあるのですが、今のところ荻野山中藩が昌平坂学問所の地誌取調に際して何らかの協力を行ったことを裏付けることは出来ません。

ただ、今回は幸いなことに「厚木市史 近世資料編(6) 村むらと生活」(2011年・平成23年刊)が少なからず参考になりました。同書の311〜499ページは「二 道と交通」と題した同市域を通過する街道や「厚木道」と称する街道に関する史料がかなり豊富に集められており、「風土記稿」に記された街道の記述も雄山閣版からの引用という形で一通り掲載されています。つまり、今回私のブログでまとめている様な街道毎の一覧が収められている訳です。厚木市ではこれまでも市域の街道などについて積極的に出版物を発行する郷土史研究団体などがありましたので、「厚木市史」ではその成果を集大成する形になった様で、神奈川県内の他市町史に比べても厚みのある史料集になったと言えます。

今回はこの一覧を参考にしながら改めて雄山閣版の記述を拾い、併せて街道に属すると考えられる橋や渡し、小名などの記述を含めています。勿論、愛川町のみを通過する街道については「厚木市史」では対象とされていませんので、その分については別途調べる必要がありますが、それでも愛甲郡の中心部を占める厚木市域がカバーされているため、かなり参考になりました。

今回は、愛甲郡図説で紹介された街道のうち、最初の2本を取り上げます。最初に取り上げられた「矢倉沢往来(往還)」は、愛甲郡中では厚木の渡しを経て厚木村に入った後、平塚方面へ南下して一旦大住郡岡田村へと抜け、南隣の酒井村で平塚道から分かれて西へ向きを変えて進み、再び愛甲郡愛甲村に入ります。愛甲郡に属するのはこの2村のみですが、その2村ともに矢倉沢往還の継立を取り扱っていました。厚木村の村民が対岸の2村と共に管理運営していた厚木の渡しも含め、郡域内の通過距離は短くても、矢倉沢往還との関わりは比較的強かったと言えます。


矢倉沢往還:愛甲郡中の各村の位置
矢倉沢往還:愛甲郡中の各村の位置(「地理院地図」上で作図したものをスクリーンキャプチャ)


八王子道㈠と府中通り大山道の追分に立つ道標
左右方向の道が八王子道で
道標には「左厚木道」と刻まれている
ストリートビュー
愛甲郡図説では2本の「八王子道」が紹介されていますが、1本目の「八王子道」は厚木から北上して高座郡当麻村へと向かう道筋です。現在の国道129号線に相当する道ですが、北側の区間では現在の国道の道筋よりはやや東寄りを進んでいました。この辺りは相模川とその支流である中津川の作り出した河岸段丘の上位面を進んでおり、その区間では比較的なだらかな道筋ですが、上依知では標高差40mほどに達している段丘崖を下って当麻の渡しへと向かうことになります。

厚木から当麻への継立もこの道筋を進んでいました。八王子も厚木も江戸時代には交通や流通の拠点として地歩を築いた町でしたから、この間を結ぶ街道の上で営まれる継立がどの様な荷物を運んでいたのか、興味を引かれるところです。

基本的には道幅は2間(約3.6m)からやや狭いところで9尺(約2.7m)ほどで一貫していた様ですが、下依知村の項では「幅四間」と脇往還の標準的な道幅の倍の数字が記されています。これが字義通りの実情であったのか、それとも誤記であったのかは不明です。


八王子道㈠:愛甲郡中の各村の位置
八王子道㈠:愛甲郡中の各村の位置(「地理院地図」上で作図したものをスクリーンキャプチャ)


街道「風土記稿」の説明
矢倉澤往還厚木村五十五(二)矢倉澤往還の村驛にして夫馬の繼立をなせり後東ノ方高座郡國府村前、西ノ方愛甲村へ各一里
◯小名 △上町 △天王町 △下町 △松原

※「上町」「天王町」「下町」はこの街道沿いの小名

◯渡船場 相模川にあり、矢倉澤道及藤澤道に値れり、船五艘内馬船一を置、仲冬より明年暮春に至るの間は土橋を設く長五六十間、この渡津は村民孫右衛門及對岸高座郡河原口・中新田の兩村にて進退す渡錢の如きは中分して其半を孫右衛門所務し、半は對岸兩村にて配分するを例とす、當村にて渡守船頭屋敷と號し除地一畝ありこは孫右衛門持にして今其宅に併入す、

※厚木村から平塚道に沿って南下して一旦大住郡岡田村に入り、同郡酒井村を経て再び愛甲郡に戻る

愛甲村五十五(二)村の巽に矢倉澤道幅二間下同じ係れり、當村人馬の繼立を承れり東方厚木村へ一里、西方大住郡下糟屋村へ二十八町、又同郡伊勢原村へ一里餘、
◯小名 △川久保 △金地 △茱萸田具美太 △坊中 △中ノ御所 △天神屋敷 △新見堂仁比美多宇 △宮下 △城ノ内 △下屋鋪 △田屋 △片平 △堀ノ内

※「片平」は現在の地形図上でも矢倉沢往還の辺りに位置することが確認出来る。

◯玉川 村の中程を流る幅八間、用水とす、… ◯板橋 玉川に架す長八間、

※位置関係から見て矢倉沢往還の橋を指すと見られるが、現在の玉川の流路は大幅に付け替えられているため、矢倉沢往還の旧愛甲村域内で玉川を渡ることはなくなっている。

八王子道㈠厚木村五十五(二)…其餘八王子北方高座郡當麻村へ二里、…平塚南方大住郡田村へ二里、…等への諸道、皆當所より四分し、各行李を輸致せり、

※継立の存在が語られているだけで街道の名称等については明記なし、2つの道である様に記されているが、この2方向が厚木八王子道に属すると考えられるため、1つにまとめた

金田村五十六(三)八王子道通ぜり幅二間、
◯中津川 西南を流れ川幅十八間程、河原共幅三町餘、相模川に合す、…十一月より二月迄は土橋長十八間を架す、

※夏季の渡河方法については記載なし

下依知村五十六(三)八王子及甲州への往還あり村西を通ず幅四間、
中依知村五十六(三)往還南北に貫き幅二間、村の中程にて岐路となり、一は武州八王子、一は甲州に達す、是を信玄道と呼、

※実際に「信玄道」と呼ばれているのは甲州へ向かう方のみ

◯坂二 一は南方にあり、梨子木坂と云登一町許一は北にあり、鍋賣坂と云登二十間餘、其外小坂多し、

※詳細不詳だが八王子道に属する可能性を考えて記載に含めた

關口村五十六(三)八王子及信玄道の二道係る幅各九尺、
山際村五十六(三)八王子道幅九尺、西方を通ず、
上依知村五十六(三)八王子道係る幅二間、
◯坂三 一は堂坂一は谷戸坂共に西にあり、登各二町許、下同じ、一は長作坂北にありと呼、

※堂坂が八王子道の属。

◯相模川 東北の郡界を流る川幅五十間餘堤を設く高一丈二尺、… ◯渡津 八王子道の係る所相模川に在、對岸高座郡當麻村に通ず、舟二艘を置り、當村にて進退す、

注:

※何れも雄山閣版より

※巻数中、括弧内は愛甲郡中の巻数。

※本文中、…は中略。なお、複数の街道について記述している場合、「前道」などの表現で先行する記述を受けた表記になっているケースが多々あるため、その場合は[]内にその道の名称等を補った。殆ど同一の文章になっている場合も、それぞれの街道毎に同一文章を掲げたが、特に短い場合は全文をそれぞれの街道の欄に収め、その街道の名称を強調表示とした。

※村の配列は、「愛甲郡図説」で掲載された各街道の記述の順に合わせた。なお、一部順序については要検証。特に疑問点の大きいものは注を付した。

※街道中の坂、橋、一里塚等の施設は、文中にその名が現れる場合は含めた。明記がないものについても街道に関連すると思われるものは含めたが、遺漏の可能性はなしとはしない。






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この記事へのコメント

- ももぱぱ - 2016年06月06日 10:49:45

いつもありがとうございます。
歴史もの好きなので、楽しみに読ませて頂いています。
最近はお寺参りも・・・

Re: ももぱぱ さま - kanageohis1964 - 2016年06月06日 13:23:52

こんにちは。コメントありがとうございます。

最近はフィールドワークに出られてなくて、専らデスクワークで記事を書いている状態ですが、出来ればまた出掛けて行って史料との照合などもやらないと不味いなぁとは思っています。街道にまつわる話などは特に現場を見ることが重要ではあるのですが…。

またよろしくお願いします。

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