ここでは各郡毎「図説」の「産物」または「土産」等として掲げられているものを拾って一覧表にしてみました。同種の一覧は第3巻の「山川」編中でも「物産」としてまとめられているのですが、そちらは郡の括りを外して品目毎に列挙されています。また、「図説」で取り上げられた品目のうちかなりの分が各村々の項で改めて解説されているのですが、流石に分量が多過ぎますのでここでは割愛します。なお、「鎌倉郡」については「産品」がまとめられていなかったので、「海」の項に「名産」として名が挙げられていたものを代わりに記しましたが、「江島」の「海」の項には他にも魚貝類や海草が挙げられていました。「分類」は私が独断で各品目を海のもの・山のもの・里のものと識別できる目安として加えたもので、勿論これは仕分ける観点次第で別の分類も考えられると思います。中には思う様に分類し難かったものもありますがその点は御容赦を。
今では神奈川県内の産品としては目にすることがなくなったものも多々含まれています。そうした変遷を追う上で江戸時代末期頃の品目を概観できる史料として見ることが出来そうです。但し、中には三浦郡の「柴胡」の様に、文献上では見ることが出来ても江戸時代の時点で既に産出を確認出来なくなっていたものも挙げられています。もっとも、「柴胡」の場合近年の植物事典に掲載されているミシマサイコの写真が何れも三浦半島とされていて生息を確認出来ていますから、飽くまでも江戸時代後期の産品としての一覧として考える必要があるでしょう。
漢字だけを見ると何のことかさっぱりわからないものも多く含まれていますが、大半は説明の冒頭に漢字で仮名を充てられていたり、仮名がないものでも説明を読み進めると何であるかがわかるものが多いと思います。もっとも、津久井県の「柏皮」(「山川」編の「物産」では「栢皮」と表記されていますが基本同じものの様です。ネットを検索すると漢方薬が多数ヒットしますが恐らくここで解説されている物とは違うと思われます)の様に、正体のなかなか分かり難いものも含まれています。
こうして並べてみると、特に海産物は1つに括られていたりいなかったりといった差があることもありますが、郡毎に挙げられた品目の点数に随分と偏りがあることに気付きます。基本的にはその地の「特産品」が対象となっていると思いますが、例えば梅沢の鮟鱇、あるいは相州小麦の様なものが含まれていません。一方で、炭や絹織物の様にここで書き出された以外の地域でも普通に産出されるものの、名品として特に名が知られていたり、文献上の由緒が記されているものについてはここで敢えて取り上げているものもある様です。いわゆる「箱根細工」はここでは「湯本細工」として紹介されていますが、こうした工芸品の類が足柄下郡以外で取り上げられているのは大住郡の「盒器」だけです。この辺りの品目の取捨選択がどの様な判断によって行われたのかも、この各郡の一覧を見る際に考慮すべきポイントとなりそうです。少なくとも、品目が特に少なくなった淘綾郡、高座郡や鎌倉郡について、それだけを以って産品乏しい地域だったとすることは出来ないでしょう。
変わり種としては足柄下郡の山椒魚(ここでは「山生魚」の表記が用いられている)のほかに、三浦郡の「葦鹿」、つまりアシカが挙げられるでしょうか。以前「浦賀道見取絵図」を取り上げた際に浦賀の燈明台付近に「アシカ島」と書かれていることを指摘しましたが、ここにいたアシカを捕らえて食べていたことになりますね。陸上の哺乳動物を基本的には口にしなかったとされる当時の食文化にあって、アシカがその内に含まれていない様に見える点を考慮して、敢えて「海産品?」と区分してみました。因みに現在ではアシカは神奈川県下では絶滅したものとされています(1995年度のレッドデータブックで「絶滅種」に分類されています)。
19世紀末から20世紀初頭にかけて多くの生息地で漁獲や駆除が行なわれ、日本沿岸の広い地域でアシカの姿は消えていった。明治12年(1879)に三浦市南下浦町松輪の海岸で捕獲されたメスを描いた正確な絵図が『博物館写生図』(東京国立博物館蔵)に残されており、少なくとも明治30年代までは相模湾や東京湾沿岸にも姿を現わしていたと考えられるが、それ以後急速に衰退し、現在のところ生息の情報は得られていない。
(「かながわの自然図鑑③ 哺乳類」2003年 神奈川県生命の星・地球博物館編 92ページより)
郡 巻 産物 分類 「風土記稿」の説明 関連
記事足柄上郡 十二 蛤石 鉱物 矢倉澤村内蛤澤より出る、 ◯ 白熖焇 鉱物 中川村より出す、 (◯) 柴胡 植物 虫澤・矢倉澤・三竹山三村に產す、古風土記殘本にも、本郡の產とす、 ◯ 紫根 植物 矢倉澤村の產、 1/2
3/訂烟艸 農産物 松田惣領・松田庶子・八澤・菖蒲・柳川・虫澤・境・境別所・栃窪等九村の產とす、尤松田惣領にては松田烟草と稱し、菖蒲村にては波多野烟草と稱して、殊に佳とす、 ◯ 薇󠄁蕨 植物 宮城野・三竹山兩村の產、 1/2/3 獨活 植物 宮城野村の產、 1/2/3 小梅 農産物 上曾我村の產、 1/2/3 桃 農産物 狩野・猿山兩村の產、 ◯ 柿 農産物 金手・金子・松田惣領・神山・神繩・世附・八澤七村より出す、中に就て金手村なるをば、金手丸と稱して殊に佳品なり、 1/2/3
4/5/6
7/8串柿 農加工品 皆瀨川・都夫良野兩村にて製す、 1/2/3
4/5/6
7/8梨子 農産物 神繩・世附二村の產、 ◯ 蜜柑 農産物 三竹山・川村岸二村の產、三竹山村より產するをば、年々寒中、領主より官へ獻納す、 1/2/3 椎茸 茸 中川村の產、 1/2 足柄下郡 二十二 石 鉱物 根府川石、根府川・米神兩村に產す、◯小松石、岩村小松山に產す、又土肥吉濱村、同門川村にも產せり、◯眞鶴石、眞鶴村の產、鋪石礎石甃石の料にあつ、◯荻野尾石、根府川村荻野尾山より產す、◯磯朴石、同村海岸より產す、◯玄蕃石、江ノ浦村の產、 1/2 石硫黄 鉱物 元箱根より出す、 1/2 礬石 鉱物 同上 1/2 湯ノ花 鉱物 元箱根蘆野湯より出づ、 1/2 柴胡 植物 久野村の產、古風土記殘本にも、足輕郡の產物とす、 1/2 石長生 植物 箱根宿の邊に產す、元祿の頃紅毛人江戸に來れる時、當所にて此草をとり、婦󠄁人產前後に用ゐて、殊に効ある由いへり、是より箱根草と呼べり、 1/2 蕨 植物 久野村邊に產す、 1/2/3 靑芋 植物 石橋村の產佳品なり、 ◯ 梅實 農産物 小田原宿の產、 1/2/3 梨子 農産物 久野村の產、 ◯ 鹿梨 農産物 夜末奈之◯畑宿の產、 ◯ 柿 農産物 久野村の產、 1/2/3
4/5/6
7/8蜜柑 農産物 前川村の產を名品とし、其邊の村々最多し、又石橋・米神・江ノ浦・土肥宮上四村の邊にも產す、 1/2/3 樒 林産物 土肥鍛冶屋、同宮上兩村の山上に多し、 ◯ 細竹 林産物 元箱根邊に產す、俗に箱根竹と云是なり、 ◯ 透頂香 薬 小田原宿欄干橋町にて製劑す、 盒器 工芸品 俗に湯本細工と云物なり、箱根山中往々製造す、 ◯ 提灯 工芸品 小田原宿にて製造す、 鱒魚 魚介類 元箱根蘆湖に產す、 腹赤魚 魚介類 同上、漢名詳ならず、うぐひなり、 ◯ 山生魚 林産物? 左無志也宇々乎◯箱根深山澤中に產す、 ◯ 鱁鮧 水産加工 小田原宿にて製す、俗しほからと云、 魚介 魚貝類 此餘海中に產する魚介多し、就レ中前川村にて、鮪を漁する事多しと云、 淘綾郡 三十九 砂利 鉱物 大磯宿海濱の產、其種類、五色或は中栗、白班、黑小砂利等あり、時々命ありて公に納む、 ◯ 大住郡 四十二 柴胡 植物 東西田原二村に產す、 ◯ 煙󠄁草 農産物 波多野庄村々の產を、波多野煙󠄁草と稱し、佳品なり、足柄上郡松田邊の產をも、波多野煙󠄁草の佳稱を負せり、 ◯ 大麥 農産物 上下大槻二村に播殖するを、最佳品とす、 1/2
3/4
5戮豇 農産物 佐々計◯南原村產、 葱 農産物 小稻葉村產、 萊菔 農産物 水蘿蔔の類にて、根細長なり、波多野大根と唱へ、波多野庄中に產するを佳品とせり、されど、今は絕て播殖せず、西田原村香雲寺藏、天文中の文書に、當所萊菔の事見えたり、 1/2 甘藷 農産物 八幡・平塚・上下大槻・中原上宿・南原等の村々の產を佳品とす、 1/2
3/4
5越瓜 農産物 志呂宇里◯小稻葉・平塚・上下大槻四村產、 西瓜 農産物 平塚宿、上下大槻村產、 山椒 農産物 日向村の產最佳品にて、日向山椒と稱し、大山寺師職より、守札を配る時、此山椒を添へて、贈るを例とす、 ◯ 盒器 工芸品 坂本村邊にて多く製す、 愛甲郡 五十四 香蕈 茸 志比多計◯角田・田代・煤ヶ谷・宮ケ瀨等五村の山に產す 1/2 絹 農加工品 伎奴◯半原村より出すを上品とす、土俗に半原絹と稱せり、 炭 林産物 寸美◯古煤ヶ谷村より年々炭を貢せし事、北条氏の文書に見ゆ、御入國の頃より三增・角田・田代・中下荻野五村にて御茶事の料に充らるゝ炭を燒て、每年六百俵を貢せしに元祿十一年より代永錢を收むる事となれり、近き頃丹澤山にて炭を燒せられし事ありしが、今は廢せり、 1/2/3
4/5/6
7/8年魚 魚介類 阿由◯中津川に漁す、古は妻田・金田・三田の三村より年每に鹽藏するもの二千、宇留加五升を貢せしに、貞享五年より永錢を領主に收む、角田・棚澤・熊坂・半繩・八菅の五村にても同じ川にて漁するを以、每年永錢を收む、 ◯ 高座郡 五十九 柴胡 植物 龜井野村邊に產す ◯ 紫菜󠄁 海草 乃里今俗海苔の二字を用ゐる、茅ヶ崎村海中乳母嶋邊に多し、 鹿尾菜󠄁 海草 比須木毛同上 靑頭菌 茸 波都多介、鵠沼・辻堂・茅ヶ崎三村の邊に多生す、又松露も此邊に多し、 ◯ 魚類 魚介類 此餘海中に產する魚類數品あり、鰺阿遅鰯以和之最も多し鵠沼・辻堂・茅ヶ崎等海濱の村々は魚獵を專とし世產を資く、 鎌倉郡 六十九 (図説に「産物」の特記なし。但し「海」の項では次の品目を名産として掲げている) 海蝦 魚介類 【本朝土產略記】曰、海蝦出于鎌倉 鰹 魚介類 【徒然草】曰、鎌倉の海に、かつをと云ふ魚は、彼さかひに、左右なき物にて、此頃もてなすものなり、それも鎌倉の年寄の申侍しは、此魚おのれらが若かりし世までは、はかばかしき人の前へは、出ること侍らざりき、頭は下部もくはず、きりて捨侍りし物なりと申き、かやうの物も、世の末になれば、上さままでも、入たつかさにこそ侍れ、 三浦郡 百七 倉鹽 製塩 林村及浦鄕村にて製す ◯ 草綿 農加工品 毛女牟と稱し木綿の字を用ゆ、されども木綿は波無夜にして和產なし、今諸國栽る所のものは草綿なり、【見聞集】曰、三浦に六十計の翁あり、語りしは大永元年武藏國熊谷の市に西國の者木綿種を賣買す、買取て植ければ生たり、皆人是を見て次の年熊谷の市に買取植ぬれば四五年の中に三浦に木綿多し、三浦木綿と號し國に賞翫す、夫より關東にて諸人木綿を着ると語る云々、又高座郡川口村總持院所藏文書曰、遠路爲御音信代僧殊三浦木綿被指越祝着候云々、壺の御印あり、今も郡中に播殖すれど三浦木綿とて稱美する事は聞えず、 1/2
3/4水仙花 植物 城ヶ島村に生ずるもの重瓣にして莖長く尋常の種に異なり ◯ 神馬藻 海草 奈能利曾◯三崎町海邊に多く生ず、 鹿尾菜󠄁 海草 比之紀󠄄毛◯西浦賀分鄕及横須賀村の海中に多く生ず、就中寒中に得るを上品とす、世には槪して浦賀鹿尾菜󠄁といへり、 裾帶菜󠄁 海草 和可女 未滑海藻 海草 可自女 海薀 海草 毛都久◯以上横須賀村の海に產するを上品とす、 蘿蔔 農産物 郡中多く播殖す、俗に鼠大根と云、其形蕪菁に似て根の様鼠尾に似たり、高圓坊村より出るを殊に上品とす、【本朝土產略】當國の物產に鼠大根を載す 1/2 鰹魚 魚介類 郡中多く漁す、就中三崎及城个島邊にて得るを上品とす 撥尾魚 魚介類 須波志利◯浦賀及久里濱の海にて多く漁す、其税錢をも貢す、 鰯 魚介類 以倭志 鯷魚 魚介類 比志古◯幷長澤村にて多く漁す 章魚 魚介類 多古◯走水村の海中最多し俗に是を三浦鮹と呼ぶ、 鰕 魚介類 衣比◯郡中所々にて漁すれど、三崎町の產を美なりとす、 石决明 魚介類 阿波比◯長井・三崎・久里濱の三所より出るもの最美なり 榮螺 魚介類 佐々江◯所々に生ずといへども、深田村の海より出るもの別種にして其殻尖角なし、ぞくに角なし榮螺といへり、 葦鹿 水産品? 阿志加◯西浦賀分鄕の海中海鹿島の邊に多し、此獣冬月尤多くして其肉味殊に美なりと云ふ、 ◯ 水飴 農加工品 東西浦賀にて製す、尤上品なり、 1/2 此餘【北条五代記】に近年江戸より仰として醫師來りて城ヶ島へ渡り、鎌倉柴胡是なりとて掘給ひぬ云々、と見ゆれど今郡中產する所なし、 津久井縣 百十六 漆 林産物 縣中村々に產す年々貢税とす、 1/2/3
4/5/6
7川和絹 農加工品 世に所謂川和縞是なり、中野村の内、川和里の産なるが故に、是名を負へり、比隣の村里是に傚て、多く織出せり、 柏皮 林産物 澤井村、佐野川村邊の山に産す、海邊の漁夫、漁網を染る是を佳とす 1/2
3/補桃 農産物 葉山島村より産するを佳實とす ◯ 蕨 農産物 ところどころの山より多く産す 1/2/3 香蕈 茸 志比多計、靑根村邊の山より多く產す、 1/2 牡丹石 鉱物 靑野原村に產す本草綱目に井泉石と見へたるは卽是石の類か、 ◯ 貝石 鉱物 道志川に產す ◯ 魚類 魚介類 此餘川中に産する魚類◯鰷阿由、相模川及五川より産す、道志川より産するもの一種の佳品にて、其形も亦少しく異にして、上腮頗る長くして曲れり、故に道志川の鼻曲りと呼て、賞美し、歳每に一千七十五を貢獻すと云、按ずるに長衡が西京賦に所謂大口、折鼻などと見えたるは、卽かゝる鰷の形の類を云ふものならんか、◯[魚衆]也麻女最多して且佳なり ◯ ※以上、何れも雄山閣版より。記号の適用は原則同書に従ったが、明らかに挿入箇所の誤りと判断できる箇所については訂正を施した(大住郡越瓜の項)。
※字母はなるべく原著に忠実になる様に心掛けた。一部に異体字セレクタの数値文字参照を挿入しているため、ブラウザによっては該当箇所が文字化けとして表示される可能性がある。該当する字母を拾えなかった箇所は[]内にその字のつくりを示した
追記(2014/07/22):「風土記稿」の産物に関する記事が大分増えたので、こちらに「関連記事」欄を新設してリンクを示すことにしました。併せてこの記事を「産物」カテゴリの最新記事の1日前の日付に合わせる運用にします。但し、この記事のコメント欄やトラックバックは開けておきます。
- うめや - 2015年12月04日 15:01:55
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