【脇往還】金沢・浦賀道(その2:田浦の地形①)

前回、金沢・浦賀道について、田浦周辺の道の険しさが鎌倉への迂回に繋がったという話を紹介して終わりました。そこで今回は、その田浦周辺の地形を、まずは金沢・浦賀道に沿って検討してみたいと思います。

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浦賀道(金沢):船越付近に横たわる尾根
船越付近に横たわる尾根

左の写真の撮影位置
金沢・浦賀道は京浜急行の追浜(おっぱま)駅付近の道は失われていますが、久遠山良心寺前辺りから京急の西側を南下する道が金沢・浦賀道です。この道を先に進むと周辺から次第に山が迫り、やがて踏切で国道16号線に合流してこの写真の場所に辿り着きます。左が国道16号線、右に(駐車する車の陰になっていますが)京急の架線や信号が見えています。まだ見覚えがある方もいらっしゃるかも知れませんが、ここは今年京急が斜面崩落による脱線事故を起こした現場のすぐ北側に当たります。

ここから先の金沢・浦賀道の道筋は失われており、残った区間も今回の訪問時には廃屋が増えていて道も荒れており、時間の制約もあって突破できませんでした。ここには江戸時代の切通が残っているとのことですが、数十メートルの標高差を乗り越える道が国道16号線東側の斜面の上を通っています。

この尾根越え道は田浦警察署と船越小学校の間から出て来ますが、この尾根越えはその先同様の地形が幾重にも出てくる、その端緒に過ぎません。

浦賀道(金沢):十三峠道標
十三峠道標
浦賀道(金沢):十三峠からの下り口(階段)
十三峠からの下り口(階段)

十三峠道標の位置
金沢・浦賀道はここから谷戸筋に沿って内陸へ入り、尾根を越えて次の谷戸へ下り、再び谷戸筋を海岸方向へ向かう、ということを繰り返す道筋を採る様になります。その中の最大の遠巻き道が「十三峠」と呼ばれる尾根筋を進む道です。

尾根の中腹に付けられた階段を息を切らせながら登って来る途中、ルートラボ上の自分の描いたルートと違っているのに気付き、「この道で本当に良いのか?」と迷いながらだったので、その途上で写真を撮り損ねたのですが、階段を登り切った所にこの道標が立っていて、結果的にルートラボに引いた道の方が間違いだったと気付く始末(現在は修正済みです)。ともあれ、この急な階段で谷戸筋から尾根道へと登り、その先は尾根の下を東京湾側に巻きながら進む道が続きます。今はコンクリートでしっかりと斜面を固めてありますが、江戸時代には林の中を延々登って来る道だった様です。

因みに、地図の東側にループ橋が見えていますが、ここは「のの字橋」と呼ばれ、元は長浦港から火器を運び上げるために作られた軍用道路であった様です。こんなループが必要になる様な地形であった、ということですね。

浦賀道(金沢):十三峠からのパノラマ
十三峠からのパノラマ

開拓記念碑の位置
こんな尾根道に沿って民家が並んでいるのも驚きなのですが、長浦から横須賀にかけての港湾地区が一望に出来るのが強みです。このパノラマ写真は「十三峠開拓農業協同組合」が立てた開拓記念碑の前から撮影したもので、委細の説明はありませんが当初はこの一帯を農地として開発したことが窺えます。尾根筋の集落はその名残りなんですね。

浦賀道(金沢):三浦按針夫妻の墓
三浦按針夫妻の墓
浦賀道(金沢):塚山公園から猿島方面を望む
塚山公園から猿島方面を望む

安針塚の位置
やがて十三峠の道筋は安針塚に行き着きます。三浦按針ことウィリアム・アダムスは日本に漂着後、徳川家康に重用されてここ逸見村に所領を安堵され、その遺言に従って江戸を眺望できる村の最高地点に葬られ、その地が安針塚と呼ばれることになる訳です。現在はこの一帯は「県立塚山公園」として整備されており、数カ所の展望台から周辺を一望に出来ます。

浦賀道(金沢):塚山公園から横須賀港方面を望む
塚山公園から横須賀港方面を望む
ここから港湾付近の地形を良く観察すると、細い尾根筋が何本も海に向かって伸び、その間の、これまた細い谷戸に家が建ち並んでいることに気付きます。

下山川河口〜安針塚〜横須賀駅断面
下山川河口〜安針塚〜横須賀駅断面
浦賀道(金沢):塚山公園・鹿島台から相模湾方面を望む
塚山公園・鹿島台から相模湾方面を望む
また、鎌倉・浦賀道の「その10」で触れた「金沢江道程三里/松平大和守役所江道程二里半」の道は、この安針塚に向かって登って来ます。その道はここに登る直前まで、下山川の畔を進んでいます。つまり、ここは東京湾に間近でありながら、東京湾と相模湾の分水嶺でもあるということです。それだけこの付近での東京湾側の地形が、相模湾側に比べて険しい、ということにもなります。

HeyWhatsThat Path Profiler」という、地図上に打ったポイント間の標高断面図を作ってくれるサイトがあります。試しに、下山川河口から適宜川の中にポイントを打って、その先で安針塚を経由して横須賀駅付近に降りる線を引いて、その区間の断面図を作ってみました。なお、下山川の南側には平作川の源流である大楠山が控えていますので、下山川の辺りだけ東京湾寄りに流域が張り出しているということです。

因みに、写真は塚山公園の「鹿島台」と呼ばれる展望台の上から、相模湾方面を見たところです。

浦賀道(金沢):塚山公園内の切通
塚山公園内の切通
塚山公園から逸見駅方面に、金沢・浦賀道を進みます。途中の切通で自分の陰を…撮りたかった訳ではなく(汗)、この切通が当時の「一間余」にほぼ近い道幅であることに気付いたのでした。右側に見えている自動車用の行き交い用のスペースがないと、小型車でもすれ違うことが不可能な幅しかありません。

浦賀道(金沢):逸見方面に降りる坂-1
逸見方面に降りる坂
浦賀道(金沢):逸見方面に降りる坂-2
坂は途中から階段化されている

道が尾根筋を外れる場所
本町山中有料道路の上を通り過ぎて尾根筋を外れる辺りから、下り勾配が厳しくなり、途中からは再び階段に変わります。谷戸の底に降りた先で、金沢・浦賀道は尾根の麓に沿って海岸方面へと向かいますが、並行して流れる川は反対側の尾根に沿って流れています。この川は途中から暗渠になってしまいますが、横須賀駅の西側に流出口があるのが地図上で確認出来ます。

…ひとまず京浜急行の逸見駅付近まで降りてきたのですが、果たして本当にこれほど高みに登ってまで遠回りする必要があったのか、そこを検討するために、この区間を通過する鉄道や幹線道路をもう少し観察してみたいと思います。そうするとまた長くなってしまいますので、今回は一旦ここで区切ります。


おまけ:
浦賀道(金沢):追浜〜京急田浦間の踏切を通過する資材運搬列車
追浜〜京急田浦間の踏切を通過する資材運搬列車
浦賀道(金沢):追浜付近を走る資材運搬列車
追浜付近を走る資材運搬列車
追浜を過ぎて、良心寺へと向かう途中で渡った京急の踏切。この付近がかつて川越藩が浦賀奉行所の補佐のために設置していた浦郷陣屋の跡地の南端に当たるのですが、踏切を通過する列車を写真に収めようと待っていたら、やって来たのはこんな車両。

Wikipediaによれば、資材運搬用に定期的に走らせている列車らしいです。ちょっと珍しいものを見ました。



追記(2013/11/21):レイアウトを見直しました。


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でも参照されている方が多い様ですので設置を継続します。

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