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【脇往還】浦賀道:戸塚から鎌倉まで(その3:写真集)

前回既に鎌倉付近まで来ていますが、今回で鶴岡八幡宮の下馬まで達します。今回のスタート地点はこちら。

鎌倉道(戸塚):水堰橋脇の道標
水堰橋脇の道標
鎌倉道(戸塚):水堰橋
水堰橋
成福寺を過ぎると程なく小袋谷川の畔に到着します。合流する道は現在は神奈川県道302号ですが、この道は江戸時代の藤沢宿から村岡・渡内を経る道で、鎌倉街道上道への間道が元になっています。主要な道が合流するこの橋の袂に、頼朝に従って出陣する武士が集まって隊列を整えたために「せいしく橋」と呼ばれる様になり、それが転訛して「水堰橋」と呼ばれる様になったと言われています。つまり、この辺りがかつては鎌倉の端境と認識されていた訳ですね。

傍らの石碑は道標で弘明寺への道が示されているのですが、摩滅が激しくて判読は殆ど出来ませんでした。(石碑の写真はHDR使用)

鎌倉道(戸塚):十王堂橋
十王堂橋
鎌倉道(戸塚):十王堂橋下の流れ
十王堂橋下の流れ
従って、この先は鎌倉の由緒正しい寺社などが連なる地域になります。しかし、これらに右顧左眄していては日が暮れるまでに下馬まで辿りつけなくなってしまいますので、なるべく寄り道せずに先を急ぐことにしました。

十王堂橋は鎌倉十橋の1つで、小袋谷川に流れ込む支流を渡ります。「浦賀道見取絵図」や迅速測図の描き方を見ると、円覚寺前の白鷺池付近から流れ出している様に見えますが、現在は暗渠化されているため、その区間を見極めることは出来ません。小袋谷川はこの辺りまで街道からやや離れた所を並行して流れていますが、この十王堂橋の辺りで山の方へと離れていきます。

鎌倉道(戸塚):北鎌倉駅前の牛馬道分岐
北鎌倉駅前の牛馬道分岐
北鎌倉駅前の交差点です。「浦賀道見取絵図」では直進する道と「牛馬道」と記された迂回路の両方が本道である様に記されています。但し、かつては直進する道は円覚寺の境内を突っ切る道でしたので、絵図でも出入り口に当たる位置に木戸門が描かれています。

鎌倉道(戸塚):浄智寺門前
浄智寺門前
鎌倉道(戸塚):第三鎌倉道踏切
第三鎌倉道踏切
この先の東慶寺には立ち寄らずに先を急いだのですが、その先の浄智寺前では、丁度踏切が鳴りだしたこともあって門前の写真だけ撮りに立ち寄りました。この踏切も「第三鎌倉道踏切」。間に「第二」があることになりますが、そちらは神奈川県道21号線が「鎌倉街道」と通称されていることから来る名称です。

鎌倉道(戸塚):第六天神社石段
第六天神社石段
鎌倉道(戸塚):建長寺門前
建長寺門前
この踏切を過ぎると上り勾配となり、両側の平地が狭まってきます。右手の第六天神社はかなり急な階段の途上に鳥居が立っています。その先の建長寺前を通過すると、更にもう一段坂を登ります。

鎌倉道(戸塚):巨福呂坂切通
巨福呂坂切通
円応寺前を過ぎると坂は一転して下り勾配となります。この街道がようやく柏尾川流域を離れて滑川の流域へと入る地点でもあり、そのためかここまでの区間では最も標高が高い地点です。巨福呂坂切通しの洞門を過ぎるとかつては右側に旧道がありましたが、現在は途切れていて通過することは出来ません。坂の勾配は鶴岡八幡宮に向けての下りの方がきつくなっています。

鎌倉道(戸塚):鶴岡八幡宮三の鳥居
鶴岡八幡宮三の鳥居
鶴岡八幡宮の西北側から境内を迂回して三の鳥居の前に出ました。芳賀善次郎「旧鎌倉街道・探索の道―上道編」では、この鶴岡八幡宮前を東西に走る道を鎌倉街道の起点としています。江戸時代には戸塚からの荷物を雪ノ下村で継ぎ立てていたことが「新編相模国風土記稿」に記されていますので、恐らくはこの道筋の何処かに継立場があった筈ですが、旧跡の多い鎌倉でもどういう訳かこういう施設の言い伝えは少なく、詳しい場所はわかっていません。

鎌倉道(戸塚):下馬交差点の現況-1
下馬交差点の現況:西側から
鎌倉道(戸塚):下馬交差点の現況-2
下馬交差点を東側から
下馬交差点の現況です。ここで江の島道が合流し(右の写真の右手の道)、浦賀への道として東へと向かうことになります。ガソリンスタンド脇から出て来る道が浦賀への道であり、すぐ先で滑川を渡っています。江戸時代にはこの辺りは水田に変えられていて、若宮大路には松並木が植えられていたことが「浦賀道見取絵図」から窺えます。

次回、この道のここまでの特徴をまとめます。浦賀までは近日歩いてみる予定です。



おまけ:
鎌倉・滑川河口の夕陽
鎌倉・滑川河口の夕陽
鎌倉・滑川河口の砂州
滑川河口の砂州

鎌倉・材木座海岸からの夕陽
材木座海岸からの夕陽
この日は下馬まで歩くのが目標でしたが、到着後そのまま若宮大路を下り、滑川河口で夕日を撮って帰ることにしました。もっとも、夕日が沈む頃になって地平線に雲が現れてしまい、日没が望めそうになくなったので、その直前の様子だけ収めて家路につきました。



追記(2013/11/12):「歴史的農業環境閲覧システム」のリンク形式が変更されていたため、張り直しました。

(2013/11/15):レイアウトを見直しました。


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