日本初の航空写真

今日は他所様のブログで見掛けた写真について。もっとも、私の所での話の展開はそのブログでの取り上げられた経緯からは逸れていってしまうので、ちょっと申し訳ない面もあるのですが。

その写真を見掛けたのはこちらのサイト。
 幻の東京赤煉瓦駅 §5 | 新訂 旅と歴史

こちらのページでは、今回復元工事が終了した東京駅舎にちなんで、東京の鉄道網の整備の歴史がまとめられていますが、問題の写真はこのページの一番下に載っています。東京の航空写真ですが、まず目を引いたのがその撮られた年。

写真は、飛行機から見た明治44年の頃の…

…日本で飛行機が飛んだのって何時だったっけ?というので検索して、辛うじて前年の明治43年に初飛行を果たしたばかりだということを確認して、そのことを拍手コメントに残したのですが、どうも色々と気になるので更にネット上などで調べられる範囲で追ってみました。

まず、この写真は国会図書館のサイトで見ることが出来ます。

 飛行器より見たる市街 | 写真の中の明治・大正 - 国立国会図書館所蔵写真帳から -
  新橋上空から品川方面を撮ったもの
  皇居周辺を撮ったもの

どちらも刊行年に「明44.4」と記されています。撮影者については以下のサイトを手がかりに、徳川好敏工兵大尉の操縦するブレリオ式飛行機から、「伊藤中尉」が同月下旬に撮影したものであることがわかりました。この「伊藤中尉」がどういう方なのかは、検索した範囲では良くわかりませんでした。恐らくは軍部専属の写真家だったのだろうと思います。Wikipediaでは徳川好敏大尉自身が撮影した様に記載されていますが、流石に飛行機を操縦しながらカメラを操作できる様な時代ではありませんから、同乗者が撮影したと考えるのが正しいでしょう。

 日本最初の航空写真撮影行われる - 「明治」という国家
 徳川好敏 - Wikipedia

更に検索を進めていくと、この様な年表が見つかりました。

 所沢飛行場のあゆみ・明治時代

これの明治44年の項目を見ると

  • 3月 ブレリオ式、ライト式飛行機、新潟に船着 
  • 4月1日 所沢陸軍飛行試験場開設 日本最初の飛行場完成
  • 4月5日 徳川好敏大尉がアンリ・ファルマン複葉機で午前5時37分離陸、高度10m、距離800m、滞空時間1分20秒を記録
  • 4月6日 最初の同乗飛行 徳川好敏工兵大尉はブレリオ単葉機に岩本周平気球技師を乗せて飛行。距離5Km 、滞空4分50秒
  • 4月13日 飛行記録更新 徳川好敏工兵大尉、ブレリオ単葉機で高度250m。距離80km、滞空1時間9分30秒


…つまり、飛行場も出来立てのホヤホヤ、操縦している飛行機も前月に新潟経由で届いたばかり、同乗者を乗せて初めて飛んだのもつい先日、という状況下で、下旬に早くも写真家を同乗させて所沢から東京上空まで飛んで撮ったのが、あの2枚だった訳です。この時実際には何枚撮影したのか不明ですが、まだフィルムなども貴重な頃ですから、今のデジカメみたいに「取り敢えず撮っとけ」という撮り方は到底出来ない時代、失敗ショットが仮にあったとしてもそれほどの枚数は撮っていないと思います。

それでいて、撮られた写真のクオリティが意外に高いのが驚きです。2種類の写真はどちらも横長の写真を2枚貼り合わせてパノラマにしていますが、何れも水平がきちんと出ています。「プレリオ式飛行機」で出てきた飛行機の形状から考えて、恐らく狭隘な後部座席から身をよじって側面から撮っているのでしょうが、こういう体制で撮っていると得てして水平線が傾いた写真になり勝ちです。貼り合わせる際に多少調整した可能性もないとは言えないものの、極端にトリミングするとパノラマにする際に貼り合わせることが出来なくなりますから、やったとしても僅かでしょう。初めて乗ったであろう飛行機の上で、カメラを的確に構えていることが窺えます。

それから、当時はレシプロエンジンでプロペラを回して推力を得ていますから、その振動が機体を通じて座席まで伝わっている筈ですが、写真にはそれに起因するブレが見えません。遠方が霞んでいるのは気候要因によるものか、それともレンズの特性故かはわかりませんが、何れにしてもブレの影響を抑えるためにかなり高速でシャッターを切っていると思われます。明治44年でそんなカメラがあったのかと思いましたが、次のサイトの明治44年のカタログを見ると、既にコダックの「快速コダック(千分ノ一秒)」という商品が載っていますから、当時の高級機であれば相応のシャッタースピードを稼ぐことは出来た様です。軍部のカメラということであれば、必要があれば購入予算は相応に充当されたでしょうから、相応の性能を持ったカメラであったと考えて良さそうです。なお、イーストマン・コダックの35mmフィルムが登場するのは、翌年のことであったことが、一緒に掲載されているカタログでわかります。裏を返せば、この航空写真撮影時にはまだ従来型の大判のフィルムであったということになります。

 小西本店 六櫻社 鏡玉と暗箱

とは言え、まだやっと日本の空を飛び始めた飛行機からの写真が、こんなに早々から、それもかなり高いクオリティのものが存在していたというのはちょっとした驚きでした。まぁ、軍部ということであれば当然偵察などの目的に早期に実用化したいという目論見を持っていたであろうと考えれば、これも納得できる話ではありますが…。
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でも参照されている方が多い様ですので設置を継続します。

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