【小ネタ】将軍の炭風呂を沸かすのに必要な炭の量は?

前回までの「新編相模国風土記稿」に記された炭についての話を受けて、小ネタを少々。相模国には全然関係ありませんが。

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江戸城の門と櫓の配置(内郭)
「西丸大奥」の文字が中央やや左手に見える
(By 甲良若狭 Tateita
- 原書房「図解 江戸城をよむ」より投稿者が作成。
CC 表示-継承 3.0 via Wikimedia Commons
ものと人間の文化史71 木炭」(樋口 清之著 1993年 法政大学出版局、以下「ものと人間」)には、「木炭史話」と題したエピソード集が併録されています。ここには雑誌のために書いたものから文化史的なトピックを中心に選りすぐったものを収めていることが「はしがき」に記されています。

その中に「炭風呂」と題した一稿があります。今は「炭風呂」と書くと木炭を湯に入れる方を指す様で、Googleで「炭風呂」で検索してもヒットするのはこちらの方です。が、この場合は炭で風呂を焚く方で、江戸時代の江戸城大奥の燃料が風呂も含めて炭であったという話です。何とも贅沢な話ですが、煙が出ないこと、そして防火上の必要があってのことであったと「ものと人間」では書いています。確かに多数の人間が狭い空間で共同生活を営んでいることから、その配慮が必要であったことは理解出来ます。

江戸時代、江戸城大奥の燃料は、炊事も、風呂も、暖房も、すべて炭であった。それは炭の無煙、無焔性と、温度の持続性によって、大奥の清潔と防火を考えたからであった。

江戸城大奥は、将軍の私邸であり、正夫人の住宅でもあるが、ここは男子禁制で、上は老女から下は端女(はしため)まで、多いときは二〇〇〇名からの女子が長局に住んでいた。そのうち、将軍の側妾に当たる御中﨟(おちゆうろう)はもちろんのこと、御目見得以上の女はいずれも、自分の部屋(四室一組)で炊事や入浴をしていた。この燃料もすべて炭であった。こんなに大量の炭は、伊豆天城山の御用林で焼かれたが、六貫五〇〇匁俵で年に一〇万俵、六五万貫の炭を焼いて、その中から冥加として差出す御用炭と、勘定所が民間から買い上げる佐倉炭や佐野炭で賄われていた。その中でも炊事に次いで大きい用途は、浴用燃料としての炭の消費であった。

(上記書212ページより)


因みに、65万貫は約2437.5トンに相当します。長局の2000名以外にも江戸城には様々な人がいた筈ですから、上記の数字を単純に頭割りにする訳には行きませんが、それでも1人当たりの炭の消費量も相当なものだったことになるでしょう。

そして、将軍が連日食前に必ず入浴していたことを記し、その入浴の折の一連の様子を事細かく書き記していますが、浴槽については

湯は今でいう五右衛門風呂の構造のもので、湯槽は方形、総檜造、流し場も檜の厚板張りで、二方の窓はガラス板がはめてあり、いわゆるギヤマン風呂であった。それは将軍入浴中は庭から御庭番(世にいう忍び衆で、服部半蔵に率いられる伊賀衆、甲賀衆を指す)が警備していて、浴室内で不慮のことがあってもすぐ庭から見えるように考えてあった。

(上記書213ページより)

としています。ただ、浴槽の大きさについては記載がありません。なお、1回の入浴に際して使われたものは全て使い回すことはせず、御小納戸の所得として払い下げられるとしています。当然沸かした湯も将軍が入浴したらそれで抜いてしまうのでしょう。

個人的に気になったのは、この将軍の「炭風呂」を沸かすのにどれだけの炭が必要だったのだろう、ということでした。そこで、お遊びでざっくりと概算を試みることにしました。無論、計算に必要な値を全て推量しての計算ですから、精度は全く期待出来ませんが。

まず浴槽の大きさから不明ですが、流石に地位の高い人の入る湯ですから、一般的な浴槽よりはやや大きめと想定します。現在造られている五右衛門風呂の浴槽の大型のものに、満水で490リットルという製品をネットで見つけました。当時もこれに近い容量があったと仮定し、400リットルとして計算してみます。

次に、沸かす前の水の温度と、適温になった湯温がどの程度だったかが数字として必要です。これも井戸水を使うか、それとも地表水を使うかで変わってきますし、後者の場合は季節変動もありますから振れ幅がかなり大きくなります。江戸には神田上水や玉川上水といった上水道を使って地表水を配水していましたから、現在の東京の地表水の平均水温が必要ですが、あまり適切なものがないのでこちらに掲載されている東京都の年間の上水道の平均水温を使うことにします。これによれば年平均16.2℃となっていますが、概算なので小数点以下を外して16℃の水を沸かすと仮定しました。風呂としての適温はこれも人によって異なりますが42℃くらいとすると、26℃上昇させる必要があることになります。

すると、大元の定義によって400リットルの水は400kgであり、これまた当初の定義に従って1グラムの水を1℃上昇させれば1カロリーですから、26℃上昇させるにはおよそ

400kg×26℃=10,400kcal

の熱量が必要ということになります(今はそれぞれの単位を違う形で定義しますが、概算ということで簡略な方法を採っています)。次の計算で必要なので、カロリーをメガジュール(MJ)に換算すると約43.51MJという数字になります。

一方、必要な炭の量を求めるには発熱量が必要ですが、こちら(リンク先PDF)に各種燃料の単位発熱量がまとめられているので、今回はこれに従います。これによれば、木炭の単位発熱量が1kgあたり15.3MJとされています。因みに、木材(薪)の単位発熱量はこれより少し低く1kgあたり14.4MJになっていますから、価格はともかく重量だけを見れば炭とそれほど差はないことになります。

そして、炭の発した熱が全て浴槽の水に移る訳ではなく、その一部は周辺の大気などを暖めて逃げていってしまいますから、その分を割り引く必要があります。それには風呂釜の「熱効率」が必要なのですが、当時の五右衛門風呂の熱効率がどの程度だったのかも不明です。一応、ここに薪燃料を使った風呂の熱効率を55%として計算した例がありまので、今回はこの数字を仮に使って計算することにしました。

すると、

43.51MJ÷0.55÷15.3MJ/kg≒5.17kg

という計算が出来ます。繰り返しますが仮定だらけの計算ですから精度は全くありませんが、おおよその目安にはなるかと思います。先ほどの熱効率の数字を拝借したページでは、前提とした数値に多少の差があるものの、薪で風呂を沸かす場合の必要量として約6kgという計算結果が出ていますので、薪と炭の単位発熱量の違いを考えるとそれほど隔たっていないとは思います。が、当時の五右衛門風呂の熱効率が果たしてこの程度で収まったかはかなり微妙なところですから、その分を踏まえるともっと炭が必要だったかも知れません。また、警備のために外から見える様に、当時としては珍しくガラス張りになっていたという浴室は、熱効率という点ではあまり有利とは言えませんから、これも炭の必要量を押し上げていた可能性もあるでしょう。

先ほど引用した「ものと人間」では1俵を6貫500匁(約24.375kg)で計算していますので、今回の計算では1俵で将軍の入浴5回分弱といったところになります。年間で78俵ほどの量ということにになりますね。なお、大奥の風呂は全て炭で焚かれていたとしていますが、風呂の数は200を超えていた(200ページ)としていますから、その全てを沸かすだけでも大変な量の炭が必要になったことは確かでしょう。ただ、炭の場合は熾火にすることが出来る関係で冷め難いのが特徴ではあったので、将軍以外の風呂では幾らかメリットもあったかも知れません。また、こうした保温効果の良さが炭で沸かした風呂を最上のものとする見立てにも繋がっていた様です(214ページ)。

「ものと人間」では、一般的な武士や町民の当時の燃料代の占める割合について、文政8年(1825年)の「刑罪随筆」(橋本敬簡著)や「柳庵雑筆」(栗原信充著)を拠り所に、炭代が全所得の3%程度、薪が8%程度と算出しています(197〜200ページ)。これで炭や薪が何俵くらい買えるかが問題ですが、残念ながら精確なところを明らかにしようにも炭俵の容量も不統一で、また炭の品質や年代などによる価格変動が大きく、目安を示すのが難しいとしています(116ページ)。とは言うものの、武家や商家であっても燃料の基本は薪の方であったことがこの比率からも見て取ることが出来ますから、将軍以下大奥に詰める女中衆まで炭で沸かした風呂で入っていたという江戸城の炭の消費が、多分に当時の燃料消費の実情からかけ離れていたことは確かでしょう。

火災への配慮からこの様な措置になったということは、恐らくは家康が江戸入りした当初から炭を使っていたのではないのでしょうが、その防火対策による維持管理コストは大変なものになっていた様です。その割に江戸城も幕末まで幾度となく火災に見舞われ続けていたのですが…。
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