【書籍紹介】「蚕:絹糸を吐く虫と日本人」(畑中 章宏著)

このブログで取り上げて来ている「新編相模国風土記稿」の産物も大分残りが少なくなってきていますが、その中の養蚕や絹織物に関する項目は、一番最後に取り上げようかなと考えています。近世に限っても、日本の養蚕や絹に関する歴史は調べるべきことが多く、なかなか一筋縄に行かない面があるからです。

相模国内での近世の養蚕や絹織物にまつわる史料を集めることは勿論ですが、時代背景や相模国以外の地域の動向を調べるには、関連する書物に当たってみる必要があります。その様な手掛かりになる書物を探している中で最近表題の本が出版されたことを知り、参考になりそうな記述があるか探す目的で紐解くことにしました。

蚕:絹糸を吐く虫と日本人」 畑中 章宏著 2015年 晶文社(以下「蚕」)


この本は大きく次の4つの章で構成されています。

  • 一 蚕と日本社会
  • 二 豊繭への願い
  • 三 猫にもすがる
  • 四 東京の絹の道

中心となっているのは中間の2つの章で、「二 豊繭への願い」では筑波の「蚕影山」、曲亭陳人(馬琴)の描いた「衣襲明神(きぬがさみょうじん)」、「白滝姫」、「小手姫(おてひめ)」、「馬鳴菩薩」、「宇賀弁財天」、そして「オシラサマ」等といった養蚕にまつわる神々を紹介しています。特に最後の「オシラサマ」については「遠野物語」からはじめ、歴々の民俗学者の多大な関心を集めてきたことを、やや紙面を多く割いて解説しています。

「三 猫にもすがる」はそれに対して、「養蚕の舞」、「瞽女唄」、「風の盆」、「だるま」、「繭玉」といった風習に着目してまとめられた一章ということになります。この章の表題となった「猫」は、養蚕家を悩ます鼠の害に対する(まじな)いとして祭り上げられた猫や蛇、あるいはムカデが描かれた護符や絵馬が紹介されています。

この2章に対して「一 蚕と日本社会」は、古代から現代にかけての日本の養蚕の歴史がかいつまんで紹介されています。ただ、紙数の制約がある中で後続の章への導入となる様に題材が取捨選択されており、例えば「3 女性の生業」では網野義彦の指摘も引用して古くから女性の仕事として確立されてきたことを確認し、第二章や第三章での指摘に繋がる様に工夫されています。その他、現在まで営業を続けている企業の創立にまつわる話や、皇室の関わり、更にはあの「モスラ」までが養蚕のイメージの中にあることを指摘しています。

「四 東京の絹の道」は八王子から横浜へ向かう「絹の道」であった「神奈川往還」を鑓水(やりみず)を中心に紹介し、更に「桑都(そうと)」八王子や恩方(おんがた)といった地域を自由に訪れ、かつての養蚕の盛んだった時代の痕跡を辿る一章になっています。この地域が選ばれたのは、東京都内にもこうした養蚕にまつわる史跡が多数残る地域があるという点に着目してのことでしょうか。

絹の歴史をもっと包括的に紹介するという観点では、巻末の参考文献にも挙げられている「ものと人間の文化史 絹」(伊藤 智夫 1992年 法政大学出版局、2分冊)の様な書物もあります。こちらの本がより生産や流通に重きを置いた構成になっているのに比べると、「蚕」はその生産に関わった人たちの信仰や風習を、今では養蚕に殆ど縁がなくなった人たちにもわかりやすく紹介することを狙いとして書かれている様です。間口を拡げる観点から今の人たちにも取っ付きやすい題材を選んでおり、最後まで興味を維持しやすい様に工夫が施されていると思います。文中での引用も豊富ですが、新書や文庫などで入手しやすい書物も織り交ぜられています。但し網野義彦、宮本常一、柳田国男などの主軸になる民俗学者については主軸になる著書を用い、巻末の参考文献リストも硬軟取り混ぜたものになっています。

より深く掘り下げるには更に他の書物に当たる必要があるでしょうが、最近の富岡製糸場の世界遺産登録で養蚕・紡績の歴史や文化に興味を持たれた方が最初に手に取る書物の1つとしては、手頃で適切なものになっていると感じました。特に養蚕や紡織と地域に伝わる風習の接点の手掛かりを掴む入り口としては、良いヒントを与えてくれそうな気がします。養蚕に関係のある相模国内の寺社等の名前も幾つか見られ、こうしたものを手掛かりに更に調査を深める切っ掛けに出来そうです。
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でも参照されている方が多い様ですので設置を継続します。

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