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短信:藤沢橋付近に江島弁財天道標が移設された様です

全部假的さんのブログの今日の記事によりますと、11月頃に藤沢橋付近に江島弁財天道標が移設されていた模様です。


該当箇所の2015年7月のストリートビュー
報告されている場所は右のストリートビューの辺りです。この北隣(ストリートビューでは左手)に「藤沢橋自動車排出ガス測定局」の建屋があり、その前に歌川広重の隷書東海道の藤沢宿の絵が掲げられています。この絵では橋に向かって右手に道標と鳥居が描かれていますが、この橋は大鋸橋、現在の遊行寺橋に当たり、その点では当時の位置に比較的近い場所に道標が「戻された」ことになります。因みに藤沢橋の方は、関東大震災の後、復興事業の一環で東海道が自動車に対応した道に拡幅される際に、枡形を解消すべく新たに架けられた橋です。

旧東海道・藤沢宿:藤沢橋交差点付近に掲げられた広重隷書東海道
「藤沢橋自動車排出ガス測定局」前に掲げられた
歌川広重「隷書東海道」中の藤沢宿(再掲
他方で少々気掛かりなのが、この道標が「市役所新館脇歩道橋付近」にあったものを移設した、とされている点です。これは実質的に藤沢市役所の敷地内に当たり、かなり意図的に見学に立ち入らないと目にするのが難しい場所にありました。私も別の機会にここを訪れて3体の石碑があったのを見ているのですが、生憎とその時には序でに立ち寄ったこともあって写真を撮っていませんでした。3体の石碑のうちの2体が「江島弁財天道標」だったのですが、今回移設されたのはこの2体のうちの1体ということになります。

では、残りの1体は何処へ持って行かれたのでしょうか。全部假的さんの別の日の記事に、砥上公園に何時の間にか弁財天道標が移設されていることが報告されていますので、あるいはこの1体も市役所から移設されたものだったのかも知れませんが、この報告の時点ではまだガイドも何もなかったので今のところ委細は不明です。

また、渡部瞭氏のサイトによれば、市役所敷地内にあったもの(同ページ一覧中④と⑤)はそれぞれ「旧宿場地区」と「辻堂市民図書館隣」にあったとされています。ただ、2体のどちらが該当するものかは、この一覧が作成された時点でわからなくなっていた様です。以前も紹介した様に、この道標は東海道から江島道が分岐する場所に立っていただけに、他の道標とは異なる文字が刻印されていた可能性が捨て切れず、その点では幾度かの移設を経てしまったこの道標では、今となっては委細を知る手掛かりには、なり得なくなっていることになります。

とは言うものの、市役所の敷地内ではなかなか目にすることが難しかった道標が、街道歩きをされる方々が目にしやすい場所に移されたことは喜ばしいことではあります。



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この記事へのコメント

- aunt carrot - 2015年12月13日 20:43:30

道標もいろんな経過から移動を重ねていくのだと初めて知りました。
道路工事をするからちょっと脇にといった程度の移動でないことは驚きでした。
いつもありがとうございます。

Re: aunt carrot さま - kanageohis1964 - 2015年12月13日 20:55:36

こんにちは。コメントありがとうございます。

道標の置かれた事情にもよるのですが、明治時代に入って明治政府が撤去を促したということもあり、多くの道標が原位置から動かされてしまった経緯があります。江島弁財天道標の場合はこれに加えて、道標の頭に梵字が刻まれているため、神仏分離令によって江の島弁財天が神社化するのに合わせて「廃棄」されたのではないか、と個人的には見ています。

道路の拡幅などに伴ってちょっと脇にどけられる程度であればまだ良いのですが、元からあった位置から遠くに持って行かれてしまうと、この道標の様に後世の人にはその意味が伝わらなくなるケースが少なくないんですよね。

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