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【史料集】「新編相模国風土記稿」足柄上郡各村の街道上の位置(その2)

前回に続き、今回も「新編相模国風土記稿」に記録された足柄上郡の各道の地図を紹介します。今回取り上げるのは、3本の「関所道」、すなわち「谷ケ村御関所道」「川村御関所道」、そして「仙石原御関所道」です。


谷ケ村御関所道については、ほぼ「迅速測図」の作成されたエリアから外れていますので、「今昔マップ on the web」上で明治29年の地形図を参照して、古くから存在する道筋を追いました。更に、特に平山村から西の区間については次の探索レポートも参考にしました。


この探索レポートによれば、この区間の江戸時代の道筋は一部藪に埋もれながらも残っているものの、実質的に廃道状態で、崩落によって失われた区間もある様です。また、このレポートにもある様に、明治29年の地形図で確認出来る道筋は明治時代に入ってから付け替えられたもので、江戸時代のものとは異なることがわかります。ただ、道の規模などから馬車などが入るための道ではなかった様で、飽くまでも上り下りのより少ない道筋を求めての改修であった様です。以下の地図ではこの区間について街道の正確な位置を示しているとは必ずしも言えませんが、この道の通過する村を確認する上ではさほど大きく外れる区間はないと思います。

基本的には、谷ケ村御関所道は酒匂川の南岸を抜けて駿河国へと向かう道筋で、平山村がその酒匂川沿いに進む区間の入口に当たります。その先では途中の集落のある場所では川筋に近い位置まで降りてきますが(谷ケ村関所も谷ケ村集落の入口に位置する)、それ以外の区間では酒匂川の険しい谷筋を避け、山の中腹のもう少し高い場所を進んでいた様です。

谷ケ村御関所道:足柄上郡中の各村の位置(北半分)
谷ケ村御関所道の各村の位置(北半分)(「地理院地図」上で作図したものをスクリーンキャプチャ)

谷ケ村御関所道:足柄上郡中の各村の位置(南半分)
谷ケ村御関所道の各村の位置(南半分)(「地理院地図」上で作図したものをスクリーンキャプチャ)


川村御関所道についても同様に、「今昔マップ on the web」上で明治29年の地形図を参照しながら古い道筋を探し出しました。この道筋についても、明治に入ってからの改修はあったと考えられ、必ずしも江戸時代の道筋とは合わない箇所があると思います。

そのためか、皆瀬川村の項に村の南を川村御関所道が通過すると書かれているのに対し、現在の「山北町皆瀬川」の区域にはこの道筋は掛かっていない点が気掛かりです。あるいはもう少し北側を進んでいたのかも知れませんが、そこまで北側になってしまうと都夫良野村の記述に「村の南に奥山家道(川村御関所道の別名)が係る」とする点の整合性がなくなってしまいます。皆瀬川村には関所を経由して川村山北へ向かう道が別にあったと考える方が筋が通るのではないかと現時点では考えています。この点は後日一覧表に追記します。

また、川西村の字大蔵野で分岐する「奥山家道」については、やはり川村御関所道とは別の道筋と捉えた方が良さそうです。この点についても後日一覧を修正します。この道は「奥三保」と呼ばれる玄倉・中川・世附村へと続く道という位置付けであった筈で、実際神縄村の記述に3村の名前が見えますが、この3村のうち「奥山家道」の記述が見えるのは世附村の項だけになっており、残りの2村については記述がありません。

以下の地図では「風土記稿」のこの状態を考慮して世附の中心的な集落までの道を示しましたが、ここは現在三保ダムによって丹沢湖の湖底に沈んでおり、この区間の位置の特定には1970年代中頃の航空写真を使いました。地図でもこの写真を薄く重ねて表示しています。この写真でも既に三保ダム周辺の造成工事が進んでいるため、造成された地域の道筋は特定できなくなっています。それ以外の区間の道筋については、これも明治29年の地形図を参考にしました。

川村御関所道:足柄上郡中の各村の位置
川村御関所道の各村の位置(「地理院地図」上で作図したものをスクリーンキャプチャ)

奥山家道:足柄上郡中の各村の位置
奥山家道の各村の位置
(「地理院地図」上で作図したものをスクリーンキャプチャ、1974~78頃の空中写真を合成)


仙石原御関所道については、以前「箱根湯治場道見取絵図」について紹介した際に、「ルートラボ」上で作成した地図を添えました。この時の地図は国道139号線上に線を引いていることから、江戸時代当時の道筋からは多少逸れていることは確かです。そこで今回はこの道についても、「今昔マップ on the web」で明治29年の地形図を参考にしながら、それに近い場所の現道に線を引いてみました。この場合も、明治に入ってから多少なりとも道筋が付け替えられた可能性があるため、特に集落間の道筋については必ずしも江戸時代当時の道筋とは一致しない可能性がありますが、この街道が通過する村々を確認出来る程度の精度は保てていると思います。もっとも、この区間に存在した村は2つしかありませんので、その点での問題が出難い道筋と言えます。

基本的には、現在の国道139号線が早川の谷筋に近い所を進んでいるのに対して、当時の道はより傾斜の緩い、街道の道幅を確保しやすい場所を求めてもう少し標高の高い位置を進んでおり、また、深い谷筋を渡るために巻き道を付けていた様です。

仙石原御関所道:足柄上郡中の各村の位置
仙石原御関所道の各村の位置(「地理院地図」上で作図したものをスクリーンキャプチャ)




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