【武相国境】港南区内(その2)〜境木まで

武相国境のシリーズ、前回に続いて港南区内の上永谷駅付近から再開です。



この辺から国境西側の様子が変わってきます。この辺りから流れる川は逆に南に向かって流れ始めます。そして、これらの川はほぼ同じ場所で合流するのです。

周辺の河川が1点に集中することから、当然治水上は要注意ポイントに当たり、ここには意外に大きな遊水地が設けられています。
平戸永谷川の遊水地
平戸永谷川の遊水地
平戸永谷川遊水地の越流堤
平戸永谷川遊水地の越流堤
左の写真に見られる様に、斜面を大きく切り崩して窪地を造り、そこを一部グラウンド兼用の遊水地としています。右の写真の蛇籠は越流堤ですが、このタイプの越流堤の場合、蛇籠の中は割石が入っているだけなので、そのままでは養分が足りなくて植物が生えるのには適していません。そこを草が覆っているということは、この越流堤に水が被って蛇籠の中に土が入ったことを意味しています。つまり、実際に上流からの水がこの越流堤の上を越えて遊水地に入っている訳ですが、この草が生す速度が早ければ、それだけ越流する頻度も多いということです。この写真は昨年初頭のものですが、そこそこ機能しているなという印象でした。

川上川のバイパス潜函
川上川のバイパス潜函
なお、川上川の本来の合流地点は実際はもう少し下流の、東海道線の軌道をくぐった先にあるのですが、川上川の川幅が十分ではないため、その手前のプレゼンで示した位置に、潜函を埋めて平戸永谷川へ合流するバイパスが造られています。このバイパスは平常時でも機能しており、川上川の水が少量ながら平戸永谷川に流れているのが見られます。

武相国境は次回から柏尾川水系の北側の分水嶺を辿っていきますので、この川の特性については次回まとめます。

現在の国道1号線(横浜新道ではない方)は、江戸時代の権太坂ではなく、その東側の谷戸底を辿りながら途中の武相国境を切通しで越えていく道筋になっています。この新しい国道は迅速測図には現れていませんが、明治36年頃の地形図には描かれていますので、その間に建築されたことになります。現在のこの切通しの様子をストリートビューで見ると、この様な状態です。


国道1号線の武相国境の切通し(ストリートビュー

国道1号の武相国境の切通から平戸方面を見遣る
国道1号の武相国境の切通から平戸方面を見遣る
切通しの高さを見るとトンネルで武相国境を越える可能性もあったのかも知れませんが、まだ当時の技術ではあまり内径の大きなトンネルを掘れなかったのと、上部の土地利用が楢などの林であったことから利用度が低いと見做されたのでしょう。それでもこの切通しまで結構な上り坂が残ったのですが。

境木の武相国境傍示杭
境木の武相国境傍示杭
前回も触れた通り尾根の上というのは基本的に道幅を取り難く、利水面でも不利という性質がありますが、迅速測図で境木付近の地形を良く見ると、尾根の割には頂上に平坦な土地が多かったことがわかります。洪積台地が削り残されて出来た尾根なので、井戸を掘ればそれなりに地下水が得られたのでしょう。境木はその点で、近世の東海道中ではなかなか得難い立地であったと言えるかも知れません。



追記(2013/11/12):「歴史的農業環境閲覧システム」のリンク形式が変更されていたため、張り直しました。
(2013/12/06):レイアウトを見直しました。
(2015/04/10):ストリートビューが表示出来なくなっていたため、貼り直しました。
(2016/01/26):再びストリートビューを貼り直しました。

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でも参照されている方が多い様ですので設置を継続します。

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