「高座郡沿岸の初茸と松露について…」補足2点と余談

前回、高座郡の鵠沼・辻堂・茅ヶ崎村の砂丘環境で採れた初茸や松露、そしてこれらを使ったかつての銘菓「三品漬」について紹介しました。

その際、明治から大正にかけての旅行案内記に「三品漬」が紹介されている例を数点挙げましたが、その後、「国立国会図書館デジタルコレクション」で更に別の案内記に、三品漬や「豊島屋本店」について紹介されているものを見つけました。やや屋上屋ではありますが、他の案内記に比べてかなり丁寧に解説されているため、記録としてここに載せておくことにしました。

件の案内記は「新選江之島鎌倉案内 : 附・藤沢」(杉原静著 大正4年・1915年)です。奥付を見ると著者は「鎌倉郡川口村片瀬」の在住となっていますので、地元の名士がより詳細な案内書を世に出そうと企画したものであった様です。

この中で、現地の土産物については「第六章 土產物」と別途章が立てられており、その冒頭で藤沢の銘菓が紹介されています。

△藤澤の土產物としては、橙飴、黄金飴、三品漬、松露羊羹、古跡煎餅等にして、其製造本店は

△豐島屋 久保田喜助藤澤市街中央にある地方唯一の菓子製造店にして、地方の名物たる「古跡煎餅」「松露羊羹」「三品漬」の製造本舗なり。三品付は地方の特產物たる松露初茸防風を、太白糖にて調理製菓したるものにして、特種の風味あり、内國製產博覽會に於て褒狀を受け。松露羊羹は純良なる練羊羹に、松露を加味精製したるものにて、香氣高く風味格別なり、是亦全國特產物博覽會に於て有功金牌を受く。古跡煎餅は小栗判官及照手姫の遺品として、藤澤山内長生院に陳列せる物の模型にして、當地を記念するに滴好の土產物にして、風味亦佳良なり、曾て博覽會品評會共進會等に於て有功賞及二等銀牌を受けしこと三回三等賞を受けしこと二回に及べり。之れを見ても右等製菓の嗜好に適し滋養に富む等優良なるを知べし、加之「カステーラ」「巢籠羹」「粟水飴」「白練羊羹」「鳳瑞糖」等も有功一等金牌二等銀杯三四等賞銅牌等を受領し、其受賞拾數回に及ぶの名譽を負へり同家か製菓上其名の高き、豈偶然の事ならんや。

(「国立国会図書館デジタルコレクション」より、…は中略)


「内國製產博覽會」の名前が見えますが、明治43年(1910年)に第5回の博覧会が催されたことを確認出来ましたので、それ以前から継続的に開催されていたものの様です。ただ、規模や出品物の傾向などの委細については今のところ情報を得られていません。その他、現在でも製造販売が続けられている松露羊羹をはじめ、他の製品も含めて「全國特產物博覽會」(こちらは何時頃開催されたものかも含めて委細不明です)等の博覧会で複数回の受賞歴があることが強調されていますが、この頃にはこうした博覧会が多数催されていたことが窺えます。明治10年(1877年)に開催された「第一回内国勧業博覧会」以降、「内国勧業博覧会」は明治36年までに計5回開催されていますが、それ以降も形を変えながら引き続き博覧会が積極的に開催され、生産者側もこうした受賞歴によって評価を高めるために積極的に出品していたのでしょう。

なお、初茸や松露については上記に続いて

△鵠沼辻堂 は從來松露初茸防風等の多く產出する所にて、藤澤驛停車場前にて之れを販賣し居れり。

と書かれており、藤沢駅で土産物の1つとして販売されていたことが窺えます。この頃には既に江ノ電は開業していましたが、昭和4年(1929年)に開業する小田急江ノ島線は当時まだその姿がなかったことになります。

序でなので、この案内記で鎌倉の豊島屋、つまり今の「鳩サブレー」の本舗についてはどの様に解説されているかについても確認してみました。

△豐島屋 久保田久次郎八幡二の鳥居際にあり、鎌倉名物古代瓦煎餅鎌倉名所饅頭八幡宮に因みある鳩ポツポ新案鳩袋勝栗羊羹等の製造本舗たり。其古代瓦煎餅は源家隆盛の當時より鎌倉に名高き、頼朝公舘其他神社佛閣舊蹟の古代瓦の模型にして、歷史の參考たる良好の土產物にして、滋養に富み風味の佳良なる他に超絕せり。名所饅頭は鎌倉名所十餘の名物例せば大塔宮の卷物八幡宮の大銀杏等の形狀を象る型燒饅頭にして、其材料も特種の物を使用し、風味最佳良體裁亦優美なり、前者と共に當地を記念とするに、適好の土產物なり。新案鳩袋は三角形の袋を鳩に模し、中に種々菓子を包容したる物。鳩ポツポは菓子種にて實物大の鳩の形を作り、中に種々の玩具を包藏す、中には代價數倍の物もあり開て優劣を樂とする方法より成り、鳩袋と共に子供方に喜ばるゝ土產物。勝栗羊羹は純良なる練羊羹に、栗を加味精製したるものにて、特種の風味あり且延喜好き名にて、土產品として喜ばるゝ品なり。右何れも特殊の考案に成り風味亦格別なる、曾て帝國實業博覽會に於て一等金牌、全國菓子飴品評會に於て二等銀牌を受賞し、其他有功賞三等賞三回、四等賞褒狀等を受けし事、數回なるに徴するも、其製品の嗜好に適し滋養に富める等、優良なるを知ことを得。其他製菓上の技術老熟にして材料の精選なる、近地に其比を見す名遠近に遍し、故を以て夙に御用邸の御用命を拜し、常に納品の光栄を負へり。鳩ポツポに歌あり面白ければ左に

鎌倉の、おみやめしませ、鳩ポツポ、中に小供が、まめで居ます

(「国立国会図書館デジタルコレクション」より)


今では豊島屋の代名詞となった「鳩サブレー」は明治の頃から作っていたことが同社のサイトでも記されていますが、大正4年の時点ではまだ同店の主な商品としては紹介されるところまで至っていなかったことがわかります。この傾向は「鎌倉・江の島名勝旅行の友」(武藤琴美 大正10年・1921年 旅行之友社)に掲載された広告でも、掲げられているのは「古代煎餅」と「勝久里羊羹」のみで、依然変わっていなかったことがわかります。

この2つの案内書に現れる菓子類の名前を追っていくと、どちらも純粋な洋菓子と言えるものが皆無で(「カステーラ」もどちらかと言えば江戸時代に国内で独自の菓子として進化したものです)、洋菓子を扱う店も広告は出しても自分たちが作っている洋菓子の名前を出していないことに気付きます。流石にハムやベーコンの様な肉類になると商品名が広告に見えていたり、「ラムネサイダー」や「ミルクホール」「ココア」「コーヒー」の様な飲料や店の名前も記事中には見えていますが、これらは明治以降の新しい食習慣ということもあって他に表現のしようがなかったからでしょうか。まだ人口に膾炙していない洋物の名前を挙げても、そのイメージを掴んでもらい難いことから売上に繋げるのが難しいと考えられていたのでしょう。

因みに、昨日8月10日は「はとの日」ということで豊島屋でイベントが行われていた様です。私自身は巡回しているブログで話題にされているのを見て知ったのですが、ポーチに入れられて販売されている「鳩サブレー」の写真に、ふと大正年間の「新案鳩袋」に通じるものを感じました。比較的早い時期から、パッケージに凝って販促を試みるということが行われていた、ということになりそうです。



もう1点、前回「山溪カラー名鑑 日本のきのこ 特装版」をきのこ図鑑の代表の1つとして取り上げましたが、ここではハツタケの学名が「Lactarius hatsudake Tanaka」と記されていました。これに関して、森林総合研究所 九州支所 旧特用林産研究室の「ハツタケの話」に少し気掛かりなことが書いてあります。

ハツタケが日本の学会誌(植物学雑誌)上で初めて発表されたのは、一八九〇年のことである。この時にLactarius hatudake Tanakaの学名がつけられた。しかし、実はその三〇年以上前に奄美大島でアメリカの調査隊によってハツタケが採集されている。一八六〇年にLactarius lividatus Berk. & Curt. の学名で報告されており、こちらの学名が優先される。


この点については、Wikipediaの「ハツタケ」の項では次の様に解説されています。

ハツタケに対して用いられているLactarius hatsudake Tanakaの学名は、東京帝国大学理科大学の菌類学者田中延次郎による命名で、きのこ類に対し、日本人として初めて単独で新種記載を行って与えた名として知られている。しかし、この学名(記載・命名・発表は1890年)について、1860年にすでに記載・命名がなされていたL. lividatusのシノニムとして扱い、学名の優先権を適用して廃棄する提案がなされている。L. lividatus のタイプ標本は、奄美大島において1855年1月21日に採集されたものであるが、その保存状態は非常に悪く、この標本の検討結果をもとにして提出されたL. hatsudakeL. lividatus とが同一種であるとの上記の見解には疑問を呈する研究者もある。いっぽうL. hatsudake については、タイプ標本はその原記載において指定されておらず、現時点での所在についても不明である。

L. hatsudake の原記載では、L. lividatus についてハツタケとの類似性を認めながらも「L. lividatusは、乳液が少なくとも分泌直後の時点では白いことで特徴づけられるグループに分類されており、乳液が鈍い帯紫褐色を呈するハツタケとは別種である」と述べられている。そのいっぽうで、L.. lividatus の原記載では「かさは中央部がくぼみ、柄は上方に細まり、全体に淡赤褐色を呈する:ひだは密で鈍い淡赤色を帯び、青変する:日本に産し、チチタケに似る」とされ、乳液の色調については触れられておらず、発生環境周辺の樹種についても記述がない。いまのところ、ハツタケの学名としてL. hatudakeL. lividatus とのいずれを用いるべきであるのかについては、客観的な解決をみていない。

(引用文中の注番号と文字装飾は割愛)


この説明からは、少なくとも現時点ではハツタケの学名として「Lactarius hatsudake」が排除されるだけの明確な根拠にはまだ乏しいというのが実情の様で、実際私が見た数点のきのこ事典(オンライン図鑑も含め)では何れも「Lactarius hatsudake」の方が記されていて、「Lactarius lividatus」の方を採っているものは見当たりませんでした。

今後更に「Lactarius lividatus」として採集された標本についての研究が進められたり、採集地である奄美大島で改めて同種と考えられるきのこが採集されて標本との異同が確認されたりすれば、この議論が更に進展するのかも知れませんが、それまでは当面和名の「初茸」を含んだ「Lactarius hatsudake」の方を使い続けるということで差し障りはない様です。
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