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でも参照されている方が多い様ですので設置を継続します。

「武甲相州回歴日誌」の鎌倉付近の風景

相変わらず史料集めが進んでいないので、今回はその過程で参照した明治初期の日誌を少し取り上げてみようと思います。

明治8年(1875年)の「武甲相州回歴日誌」という一冊があります。これはいわゆる道中記や紀行文とは異なり、原本の表紙に「為植物取調武甲相州地方へ出張申付候事 内務省」と貼紙されている通り、著者の織田完之(かんし)が同年に公務として相模国や甲斐国、更に武蔵国の南部や中西部を巡視した記録です。もっとも、「植物取調」と書くものの、内容を良く見ると今で言う「植生調査」と言うよりは、巡視先各地の農産物を中心とした産品の確認とともに、各地の戸長らと生活の実態を語り合ったり農事の指針を指導したりした記録と見た方が良さそうです。今回は「日本庶民生活資料集成 第12巻」(1971年・昭和46年 三一書房)に収録されたものを参照しました。以下の引用も同書に依っています。

以前「鎌倉の麦畑:明治初期の紀行文から」と題して、翌明治9年の「鎌倉紀行」(平野栄著)を取り上げました。こちらは公務ではなく休暇時の道中を書いているものの、やはり周辺の農業の実態に触れている記述が豊富であることが異色であることを紹介しましたが、今回の「武甲相州回歴日誌」と照らし合わせてみようと思います。

織田完之について、同書の改題が記すところによれば、明治7年の内務省創設に際して勧業寮に移り、明治14年に農商務省が設置されて農務局の役人となるまで同職にあった様です。この明治8年の巡視の際には内務省勧業寮の役人という立場で各地を訪れたことになります。

この視察に出発するのは同年の8月3日、午前10時に登庁して事前に訪問先の産物についての情報を得てから出発しており、沿道を視察しながら進んでいるために1日に進む距離はむしろ短くなっています。同日晩には川崎に宿泊、以下4日は保土ヶ谷から金沢道に入って途上の関(6、7日前に笹下村と改称したばかりとの記述がある)、5日に金沢、6日に三浦半島東岸を廻って浦賀、7日には三浦半島を南下して長沢を経由して秋谷にそれぞれ宿泊しています。そして8日に鎌倉に入り、片瀬で宿泊しています。同日の記述は次の通りです。

八日 晴既テ時雨屢至。秋谷ヨリ鎌倉ヲ廻り片瀨ニ至リ宿ス、路程七里。秋谷ヲ發シ海濱西ニ去ル。秋谷ハ戸數三百餘石高三百石許、農家魚蝦ヲ捕テ產ヲ補フ。又多ク牛ヲ養フト。下山ヲ過ク。山下數頭ノ牛ヲ見ル。和牛ニシテ短小也。守戸ヲ經ル。尋常農漁ノ家ノミ。海濱砂土多シ。山間ニ入り田畑稍膏腴(こうゆ)、草綿ヲ作ル、生立宜シ。稻モ烟草モ能ク生長ス。九時頃雨俄ニ至ル。朝日奈ノ切通ヲ通り鎌倉ニ入ル。東北二階堂浄明寺ノ邊、杉樹ノ名產アリ。鎌倉十三ケ村凡千五十戸石高三千石畑地多シ。海風烈敷沙土ヲ捲キ起ス。依テ由井ケ濱ニハ松林駢立皆枝幹陸ニ傾ク。砂土ノ畑地甘薯ヲ多ク作リ、(ママ)西瓜、胡瓜等ヲ作リ鎌倉東畔ハ米海苔(こめのり)多シト。路傍椿樹山茶花實ヲ結ヒ(はせ)モアリ。罌(粟)、桐モアリ。長谷ヲ過キ稻村崎ヨリ砂場ヲ過キテ片瀨角屋ニ宿ス。第十六大區片瀨村會所區長山本庄太郎ニ面會ス。小區十六アリ。五十三ケ村三千七百戸、人口二萬七百人ナリト云り。此片瀨ノ邊ハ松ノ樹名產ナリ。海畔山北耕地多シ。槪シテ之ヲ見レハ稻梁ヲ作ル、漁業モ少ナカラス。江島鎌倉等ノ遊人多ク來ルヲ以テ酒食ニ飽ク。

(同書328ページより、傍注、ルビは原文にあるものは全て反映し、一部ルビをブログ主が補う)


「武甲相州回歴日誌」鎌倉関連図
「武甲相州回歴日誌」鎌倉関連図
(「地理院地図」上で作図したものをスクリーンキャプチャ)

明治36年測図地形図の釈迦堂切通付近
「衣張山」の西側に隧道状に示されているのが切通
(「今昔マップ on the web」より)
ここでまず気になるのが、鎌倉に入るまでの足取りです。完之は「朝日奈ノ切通」を経由して鎌倉に入ったと書いていますが、三浦半島の西岸を北上し、「守戸」(森戸明神の辺り)を過ぎて来たのであれば、通常のルートであれば「名越切通」を経由して鎌倉入りしたものと考えられ、少なくとも「朝比奈切通(朝夷奈切通)」は余りにもルートから外れ過ぎていると思われます。しかし、鎌倉入り後に訪れた「二階堂」「浄明寺」は何れも朝比奈切通に近く、そこだけ取り出せばあまり不自然な道順ではありません。

この日誌は飽くまでも公務の記録ですから、本来の目的である訪問先の各地の産物に関係の無い記述は殆どありません。このため、こうした矛盾点に関しては推察するより他無いのですが、上記の地図に示した位置関係から判断すると、恐らく完之らは朝比奈切通ではなく名越切通を経て鎌倉入りし、途中で北へ逸れて「釈迦堂切通」を経て二階堂・浄明寺方面へと向かったのではないかと思います。他にも久木の辺りから尾根筋を伝って浄明寺方面へ抜ける山道が幾筋か地形図上に引かれていますが、流石に地元の人しか使わない様な道を地形図も満足に存在しない(「迅速測図」でさえこの視察時点では存在していません)時代に敢えて突破するとは考え難いので、一番可能性が高いのはやはりこの切通ではないかという気がします。

Shakado-Pass、Omachi,-Kamakura.jpg
釈迦堂切通(浄明寺側より)
("Shakado-Pass、Omachi,-Kamakura"
by Tarourashima - 投稿者自身による作品.
Licensed under パブリック・ドメイン
via Wikimedia Commons.)
彼らの任務が農産物などの視察にある以上、寺社仏閣の並ぶ鎌倉の中心地には用がなく、その点では雪ノ下を経由しない道筋を選んだ点は理解できるのですが、こうした道筋を選ぶことが出来るだけの情報が最初から彼らの手元にあったかどうかは疑問です。完之は滞在先で戸長などその地の有力者と会って各地の農業の事情などについて語り合ったりしていますので、その際に翌日の訪問地や途上の道筋についての情報を得たり、更には案内役の伝手を得たりしていたのかも知れません。

その二階堂・浄明寺では杉林が多く、中には育ちの良い木もあった様です。一方、由比ヶ浜の砂地では甘藷のほか、西瓜や胡瓜を栽培しているとしていますが、平野栄の「鎌倉紀行」とは西瓜の生産については重なるものの、小麦に関する記述はありません。こうしたことからは、完之が特に勧業に結びつきそうな産物の発掘に主眼を置いて産物を見ていることが窺えます。

また、完之は道端に「椿樹山茶花」が実をつけているのを見ています。これも彼の任務から考えると油を絞ることのできる椿の実の方に関心があり、花の品種については特に氣にかけていなかったと見て良いでしょう。勿論、この椿が以前取り上げた「鎌倉椿」に繋がるものである可能性はあまりなさそうです。

完之はこの日のうちに七里ヶ浜を過ぎて片瀬まで進んでいます。彼は「砂場ヲ過キテ」と書いていますが、この点は平野栄も

○これより軟砂をふみ、海浜にそひてゆく。いはゆる七里が浜なり。土人いふ、実ハ四十二丁ありと□□。こは古六丁を一里の定なれば、いふならんか。多賀城碑の里程にてもしるし。

(「鎌倉市史 近世近代紀行地誌編」1985年 吉川弘文館 425ページより)

と記していることから、明治8〜9年時点ではまだ砂浜を行く道であったことになります。この区間に人力車で走破出来る道が付け直されるのは、それ以降のことであったということになるでしょう。

なお、この時期は「大区小区制」で村々が管理されており、片瀬村が大区の区長を務めていたことがわかります。ここで名前の出る「山本庄太郎」はかつての「石上の渡し」に明治6年に架橋して自らの名を橋に付けた人でもありました。

「武甲相州回歴日誌」自体には明治初期の相模国内の各地の農業の実情について、参考になる記述が幾つかある様に思います。これらについては後日別の形で取り上げることになると考えています。



PS.(2015/07/11):「にほんブログ村」上で私のこの記事が、全く関係のない「熊本県情報」カテゴリーで注目記事としてランクインするという現象が出ていますが、7月8日に「ブログ村」で発生した障害復旧後のデータベースの不整合によるものとことで、当ブログ側の問題によるものではありません。予め御了承下さい。

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