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「第1回内国勧業博覧会」の、箱根からの出品品目

前回に引き続き、今回も明治10年(1877年)の「第1回内国勧業博覧会」の出品目録から話題を取り上げます。今回は、箱根からの出品物についてまとめてみます。

まずは、箱根から出品されたものを一覧化してみます。何れも「国立国会図書館デジタルコレクション」から書き出したもの、リンク先がそれぞれの掲載ページです。
  • 硫黄 (一)足柄下郡元箱根村大塲庄平 (九)硫黄土、淡色仝村三宅彌平 ◯建築石 (二)淡黑色白班、湯本村、福住九藏 ◯粘土 (三)蛇骨白色、底倉村、山田千代太郎 (四)小涌谷、薄鼠色、仝村住吉傳右衛門 (五)赤色、元箱根村杉山銕次郎 ◯木ノ葉石 (六)鉄錆色、仝村片瀬才次郎 ◯温泉 (七)硫黄、明礬、蘆ノ湯山本茂兵衛 ◯湯ノ花 (八)仝
    (板橋村 内野勘兵衛
  • 明礬 (一〇)足柄下郡元箱根村三山勝太
    (板橋村 内野勘兵衛
  • 食卓 (一一)寄木磨足柄下郡底倉村、工藤菊次郎 ◯帽子掛 (一二)槻、黑柿、湯本茶屋、福住直二郎
    (板橋村 内野勘兵衛
  •  (一三)仝(茅)、足柄上郡宮城野村松本重左衛門
    (板橋村 内野勘兵衛
  • 丸盆 (一)槻挽物紅木地呂塗板橋村、大平臺村挽物(職ヵ)渡邉勘右衛門板橋村塗物師飯田彦次郎 (二)仝金木地呂塗
    (板橋村 内野勘兵衛 外一人
  • 箱根草箒 (一四)足柄下郡湯本茶屋、天野治兵衛 ◯大盆 (一五)槻、挽物木地呂塗、板橋村、大平臺村渡邉勘右衛門、板橋村塗物職飯田彦二郎 (一六)仝 ◯丸膳 (一七)槻、大葉楓、挽物木地呂塗 ◯盆 (一八)槻挽物木地呂塗 (二一)茶盆挽物外木地呂塗内花塗 ◯辨當入 (一九)槻挽物木地呂塗内朱塗 ◯飯櫃 (二〇)仝挽物木地呂塗 
    (板橋町 内野勘兵衛
  • 掛算盤 (二二)槻、コハデノ木、篠竹足柄下郡湯本村後藤平七 ◯形體 (二三)楠、櫻、指物職仝人大平臺村挽物職渡邉勘右衛門
    (板橋村 内野勘兵衛
  • テーブル (二四)寄木磨、足柄下郡底倉村、工藤菊次郎 ◯書棚 (二五)仝木地呂塗 ◯智惠箱 (二六)仝、白木、仝村小林次郎吉
    (板橋村 内野勘兵衛
  • 箪笥 (三)兩開、寄木、紅木、地呂塗、足柄下郡、板橋村、底倉村、指物職小林次郎吉板橋村飯田彦次郎、湯本村金物職吉田祖右衛門 (四)仝、寄木木地呂塗、畑宿指物職金指專助、湯本茶屋塗物職吉田春五郎湯本村金物職仝人 (五)ウチリ書棚、寄木磨、畑宿指物職仝人湯本村金物職仝人 (六)書棚寄木磨、底倉村指物職小林次郎吉湯本村金物職仝人 (七)仝、畑宿指物職金指專助湯本村金物職仝人
    (板橋村 内野勘兵衛 外一人
  • 鳥樟(クロモジ) (二七)足柄下郡畑宿、金指治五兵衛 ◯神代杉 (二八)埋木、足柄上郡宮城野村、宮原新太郎 ◯箱根竹 (二九)足柄下郡箱根驛 菅井辨右衛門
    (板橋村 内野勘兵衛
  •  (一)足柄下郡箱根山產 箱根驛、菅井辨右衛門 ◯山毛欅 (二)同 ◯樅 (三)畑宿、金指治五兵衛
    (湯本茶屋 天野惣五郎
  • 喇竿竹 (一)漆布、足柄下郡箱根驛
    (武藏國久良岐郡岡村 伊藤戸右衛門
  • 胡黄連 (三〇)足柄下郡蘆ノ湯、山本茂兵衛 ◯嚔草 (三一)乾同
    (板橋村 内野勘兵衛
  • 山椒魚 (三二)生干、足柄下郡畑宿金指治五兵衛
    (板橋村 内野勘兵衛
  •  (三五)圖、足柄下郡板橋村 ◯鯉 (三六) ◯鮒 (三三)火酒浸 箱根驛、松井佐吉 赤腹魚 (三四)同 ◯川蝦 (三七)同
    (板橋村 内野勘兵衛
  • 湯ノ花 (一)硫黄、明礬、乾、足柄下郡元箱根村大塲小三郎
    (同村 靑木又次郎
  • 赤腹魚 (二)火酒浸、足柄下郡元箱根村片瀬繁藏 ◯鱒 (三)小林善治郎 ◯川鰕 (四)安藤周藏
    (同村 靑木又次郎

(出品分類及び住所中の「相摸國」は省略、同一人物と思われる人名表記が異なる例や地名表記の不統一が見えるが何れも原文ママ、但し第五巻の正誤表に記載あるものは反映済み、以下同様)


上記の他、箱根の産物とは言えませんが、出品者が箱根に在住という点では
  • 石炭 (一)足柄上郡川西村 
    (足柄下郡元筥根村 川井右三郎
こちらも挙げておいて良いでしょう。

そして、これらの中で受賞したものは以下の通りです。
  • 褒狀 湯本石
    (相摸國足柄下郡板橋村 内野勘兵衛

    降灰石ノ一種ニシテ白色軟質ナリト雖トモ家屋建築ニ用ユヘキノ石材トナス新坑開業ノ際世需漸ク廣キヲ致サントス

  • 仝(花紋) 形體掛算盤、木製家具
    (足柄下郡板橋村 内野勘兵衛

    箱根名産ノ轆轤製器各種皆佳ナリ就中巨盆殊ニ精巧ヲ觀ル寄木ノ圓桌形狀製作亦宜シキニ適ス其蒐輯ニ勉ムルヲ好ミス

  • 仝 木製家具
    (湯本茶屋 天野總五郎

    轆轤製器ハ函嶺ノ名産ナリ出ス所ノ巨盆殊ニ精巧ヲ觀ル其蒐輯ニ勉勵スルヲ好ミス

  • 仝 轆轤製器
    (大平臺村 渡邉勘右衛門

    内野勘兵衞天野總五郎出品中径四尺ノ圓盆ハ尋常ニ異ナリテ製シ易カラザルモノト雖トモ鏇痕ヲ留メズ精巧觀ルニ堪タリ其業ニ勉勵スルヲ知ル

  • 仝 木地呂塗器
    (板橋村 飯田彦次郎

    内野勘兵衛天野總五郎出品中径四尺ノ圓盆ニ於テ塗□ノ最モ美良ナルヲ見ル

  • (褒狀) 寄木圓卓
    (足柄下郡底倉村 内野勘兵衞出品工人 工藤菊次郎

    黑白ノ榡板ヲ膠接シテ卓面ニ付着ス形狀整備品位稍優ナリ其製造ニ勉ムルヲ觀ル

  • 花紋 掛算盤
    (相摸國足柄下郡湯本村 内野勘兵衞出品工人 後藤平七

    小學校ノ教授ニ於テ缺ク可カラザルノ要品タリ之レヲ工夫シ出スノ辛勞想フ可シ

  • (褒狀) 煙管竹
    (久良岐郡岡村 伊藤戸右衛門

    箱根竹ノ煙管ニ適スルハ全ク產地ノ宜キニ出ツト雖トモ亦該業ヲ勉ムルノ功勞ニ由レリ

  • (褒狀) 鱒魚外四品并木材
    (足柄下郡板橋村 内野勘兵衛

    五種共ニ蘆湖所產ノ尤物ヲ示シ詳カニ其所用ヲ説ク又神代杉ハ該地ノ名產ナリ鳥樟箱根竹等亦皆該地一個ノ物產ナリ採集出品ノ勞實ニ少カラス


一見してまず気付くのは、これらの出品の殆どが同一人物によって取りまとめられているということです。この「板橋村」の「内野勘兵衛」についてざっと調べた限りでは、小田原に天保年間からあった漆器店に「内野勘兵衛」の名を見出すことが出来るので、恐らくはこの店主が箱根の各村から出品を募って博覧会に持ち込んだのではないかと思います。天保年間に若くして店を開いたのであれば、博覧会の当時にはかなりの高齢になっていた筈ですが、この地域の長老格として博覧会出品の旗振り役を引き受けたのでしょうか。漆器店の店主ということであれば、特に漆器には目が利いた筈ですが、一部の出品が「外一人」と2名連記となっているのは、それらの品目が指物に限られているので、あるいは指物の見立てに長けた人間に見立てを依頼したということなのかも知れません。

その様なこともあってか、特に箱根地域の木工品の出品点数が多くなる傾向はあった様です。建築石・粘土といった品目や、別の人が川西村の石炭を出品していること、更に教育関連の製品を出品して表彰されている点と考え合わせると、「勧業博覧会」という、殖産興業を目的とした展示の場を意識して出品する品目を選んでいたことが窺えます。

因みに、受賞品目の記述から、内野勘兵衛の「外一人」が湯本茶屋の「天野總五郎」であることがわかります(一部「惣五郎」と表記されている箇所がありますが、恐らく誤記でしょう)。流石に各品目の表彰に際しては、内野勘兵衛にいくつも表彰状を渡すのは意味が無いと判断してか、特に木工品に関しては各職人に対して表彰する形にした様ですが、受賞品目が特に木工品に多くなった点を見ても、彼らの品目選定の方向性が博覧会の主催者側と合っていたと言って良いでしょう。

他方で、やはり品目の選択にあの「七湯の枝折」を多分に参照した節も窺えます。上記の出品中、「七湯の枝折」の巻ノ十「産物之部」にも現れる品目を挙げると、
  • 「山椒魚」
  • 「明礬」
  • 「蛇骨」(粘土)
  • 「湯ノ花」
  • 「木ノ葉石」
  • 「箱根竹」
  • 「嚔草」
  • 「胡黄連」(センブリ)
  • 「神代杉」
  • 「鱒」
  • 「赤腹魚」
が該当します。

各々の品目を提供した人物の名前の中に「湯本村 福住九蔵」の名前が見えていますが、この人は湯本の最大の湯宿の主人です。また芦ノ湯の「山本茂兵衛」は同地の吉田屋の主人であり、こうした人たちから内野勘兵衛に対して「七湯の枝折」の存在について知らされた可能性は高そうです。

もっとも、「七湯の枝折」に掲載されているものが全て博覧会に出品された訳ではなく、そこで取捨選択はあった様です。例えば、「七湯の枝折」や「新編相模国風土記稿」で紹介されていた「燧石」の名が抜けています。「燧石」そのものは
  • 燧石 (一)武藏國多摩郡黑澤村
    (仝村 柳内幸助
  • 燧石 (一)二俣尾村
    (仝村 谷合島太郎
  • 燧石 (一)日野本鄕
    (仝地 佐藤俊宣
この様に当時神奈川県域に属していた多摩郡から3点の出品を見ているにも拘らず、箱根の産品としては外れている訳です。

理由として思い当たるのが、「マッチ」の普及でしょう。当時は「摺付木」などとも呼ばれていたマッチは、この内国勧業博覧会にも神奈川県内から
以上4点が出品され、このうち2点が褒状を勝ち得ています。
  • 仝(褒状) 擦附木
    (武藏國久良岐郡横濱元町二丁目 中山勘左衛門

    品位良好發火ノ緩急ニ注意セハ全備ト稱スベシ

  • 仝 擦附木
    (相摸國三浦郡三崎町 摺附木製造會社

    品位適宜他日注意ヲ加ヘ製造完備セバ其隆盛期スベシ


マッチの存在自体は幕末には日本でも知られていましたが、国産が本格的に始まるのは明治8年(1875年)のことであった様です。つまり、その2年後に開催された「内国勧業博覧会」の頃にはまだ国産マッチ製造の黎明期であった訳で、上記の褒状の理由を見てもまだその製法が充分には確立できていないことが仄めかされています。因みに、この博覧会では東京の業者が最高位の鳳紋賞を受賞したほか、神奈川県の2名を含めて褒状6と多数の受賞者が出ており、明治政府もこの製品に多分に期待をかけていた様です。

Felice Beato - Hakone.jpg
フェリーチェ・ベアト撮影の芦ノ湖
1869年(明治元年)頃と推定されている
("Felice Beato - Hakone"
by フェリーチェ・ベアト
- TON PEEK PHOTOGRAPHY.
Licensed under パブリック・ドメイン
via Wikimedia Commons.)
それ以前にはマッチは海外から輸入されていましたが、箱根に旅行する外国人が携行していたものもあったでしょう。何れにせよ、箱根には比較的早い時期から外国人が訪れ、フェリーチェ・ベアトによって箱根の景観が撮影されたりしていますから、同地でマッチが知られる様になったのはかなり早かったと思われます。明治以降逸早く道路を改善するなど近代化に積極的に取り組む様になる地であったこともあり、博覧会の頃には既にマッチを利用する様になっていたでしょう。その分、燧石はその頃には「古い」ものになってしまっており、博覧会の出品にはそぐわないと判断されたのではないかと思います。

もっとも、マッチの値段が下がって全国的に普及する様になるには、今しばらく時間が必要だった様です。そのため、特に農村部などでは燧石が引き続き利用されていたのでしょう。マッチと並んで燧石が出品されていたのは、この時期のそうした普及の程度が現れていたのかも知れません。「第1回内国勧業博覧会」の出品目録は、そうした品目の入れ替わりを映し出す一面もある様に思います。
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この記事へのコメント

- チロル猫 - 2015年02月13日 12:40:23

こんにちは 関東懐旧街 ~猫屋横丁の古い町並み~を運営しておりますチロル猫です。いつもお世話になっております。

この度ライブドアブログを閉鎖しFC2ブログに移転(出戻り)する事となりました。


新・FC2版ブログ 「関東懐旧街 ~猫屋横丁の古い町並み~」として再出発させて頂きます。




二度のブログ引越しはさすがに疲れましたし前回の引越しに関して言えば判断が間違っていたと反省しています・・・これで他へ移転するという事は二度とありません。

  
今後とも宜しくお願い致します。


 関東懐旧街 ~猫屋横丁の古い町並み~    チロル猫  


Re: チロル猫 さま - kanageohis1964 - 2015年02月13日 17:37:30

こんにちは。コメントありがとうございます。

ブログ移転作業お疲れ様です。こちらこそ今後ともよろしくお願いします。

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