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【小ネタ】小田原藩の正月飾りの年貢免除について

「漆」の話の続きがまだ上手くまとまらないこともあって、年の瀬に因んだ話題を取り上げることにしました。まぁ、このの慌ただしい時期にあまり重い内容のものを書くのもどうかということもありますし…。

元禄2年(1689年)11月7日、小田原藩から村々に対してこんな触書が廻されました。

一蜜柑・柚子・大和柿・小渋柿、年貢

一正月御飾道具品々

右之分、

前々ゟ納来候といへとも、以御慈悲今年ゟ御赦免被仰出候間難有可奉存候、自今以後ハ猶以随分(精)を出シ毎年植木仕立可申候、若疎略いたし候ハヽ可為不届候

右之通、小百姓・無田之者迄可為申聞者也

元禄弐年十一月七日

河村新介(判)

戸田与兵衛(判)

郡八郎右衛門(判)

右本御書出シ成田村勘介御預ケ置被為遊候

(「山北町史 史料編 近世」466ページより、強調はブログ主)


ODAWARA-CASTLE.JPG
小田原城復元天守
("ODAWARA-CASTLE"
by pyzhou - 投稿者自身による作品.
Licensed under CC 表示-継承 3.0
via ウィキメディア・コモンズ.)
この年の小田原藩の藩主は大久保忠朝、それまで稲葉氏が治めていた小田原藩に加増の上で国替えされたのが3年前の貞享3年(1686年)で、その年に村々から明細帳を提出させて年貢などの実情を把握していました。その実情を吟味した上で、村の貢税の中からこの触書に記されたものについては元禄2年から免除と相成った訳ですね。これらのうち蜜柑や柿については「新編相模国風土記稿」の産物一覧にも登場する品目ですので後日改めて取り上げるとして、今回は2番めの項の正月飾りに絞って話を進めます。

そもそも各村が正月飾りをどの様に世話していたのか、集められた村明細帳を見て判断された訳ですから、実際その旨について書かれた明細帳は多数伝わっています。今回は「神奈川県史 資料編5 近世(1)」に掲載された村明細帳から、該当箇所を抜書きしてみます。

  • 足柄下郡宮上村(現:足柄下郡湯河原町宮上):寛文十二年八月明細帳

    一正月御かさりいも御かさり道具御江戸へ積(送)申候、運賃御礼銭共毎年出し申候、

    (同書449ページより、以下変体仮名は適宜小字にて表記)

  • 足柄上郡高尾村(現:足柄上郡大井町高尾):貞享三年四月明細帳(田畑指出し帳)

    一正月御(かざり)道具(者カ)御用次第納申候、

    一同御餝道具江戸廻舟賃、御礼銭銀八分五リン納申候、

    (同書453ページより、傍注は同書に従う、読みがなはブログ主)

  • 足柄上郡金手村(現:足柄上郡大井町金手):貞享三年四月明細帳(指出帳)

    一正月御餝道具江戸廻り舟賃(以下脱文カ)

    一殿様へ正月御礼三筋ゟ惣代名主壱人宛江戸へ罷越候、指上ヶ物組合之村ニ而出し申候、

    (同書460ページより)

  • 足柄上郡西大井村(現:足柄上郡大井町西大井):貞享三年四月明細帳(差出帳)

    一正月御餝藁・牛房壱束半出シ申候、

    一正月御餝道具江戸廻り舟賃出申候、

    一殿様正月御礼三筋ゟ名主壱人ツヽ、惣名代江戸へ罷越指上物割苻次第出申候、

    (同書467ページより)

  • 足柄上郡苅野本郷村(現:南足柄市狩野):貞享三年四月明細帳(指出帳)

    一殿様正月御餝道具・藁・門松・杭木・牛房江戸廻り(運)賃・御礼銭・名主番路銭共出申候、但高下有之候、

    (同書476ページより)

  • 足柄上郡苅野一色村(現:南足柄市苅野):貞享三年四月明細帳(村指出シ)

    一正月御餝道具・御門松・杭木・牛房御配苻次第納申候、但シ御門松之儀、毎年御林ニ而山御奉行様御指図伐納申候、江戸廻り舟賃・御礼銭・名主路銭差出シ申候、但シ年ゟ高下御座候、

    (同書482ページより)

  • 足柄上郡皆瀬川村(現:足柄上郡山北町皆瀬川):貞享三年四月明細帳(指出帳)

    一正月御飾道具門ぐい・鬼打木・炭弐表、但シ江戸廻シ運賃高割ニ而納申候、

    (同書487ページより)

  • 足柄上郡山北村(現:足柄上郡山北町山北):貞享三年四月明細帳(差出帳)

    一正月御餝藁・松竹、御林ゟ伐納申候、牛房・土芋・ひいらき・藪紺子(ママ)・大豆柄・串柿出し申候、

    一正月御餝道具江戸廻舟賃出し申候、

    一殿様江戸御礼三筋ゟ名主壱人宛惣名代江戸へ罷越、差上ヶ物御割苻次第銭出し申候、

    (同書493ページより)

  • 足柄上郡都夫良野村(現:足柄上郡山北町都夫良野):貞享三年四月明細帳

    一正月御餝道具門ぐい・鬼打木毎年納申候、

    (同書499ページより)

…いい加減キリがなくなってきたので以下は引用を省略します。「神奈川県史 資料編5」では、この後貞享3年付の村明細帳が
と9ヶ町村分が掲載されているのですが、このうち正月飾りに関する記述が「なかった」のが箱根小田原町のみで、あとは全部何らかの形で正月飾りの献上を行っていたことが記されています。もっとも、箱根宿の成立した経緯を考え合わせると、そもそも献上できる品を一切生産出来ない特殊な町であったためにこれらの献上を免れていたと言えます。従って、実質的にその様な制約のない全ての村が正月飾りの献上や名主の参上を行っていたと言って良いでしょう。村明細帳が伝わっていない小田原藩領の村々も同様であった可能性が高そうです。

江戸名所図会より「元旦諸侯登城之図」
長谷川雪旦画「江戸名所図会」
(初版天保5~7年・1834~36年)より
「元旦諸侯登城之図」
(「国立国会図書館デジタルライブラリー」より)
これらの正月飾りの運び込まれる先は小田原城下だけではなく、江戸屋敷が含まれています。江戸屋敷までは舟で運び込まれ、その舟賃も各村の負担になっていました。先代の稲葉氏は老中など幕府の重役を務める地位にあったため、相応の格式を対外的に示す目的で、かなり派手に門松などを江戸屋敷に飾り付けていた可能性が高そうではありますが、それにしてもこれほど多数の村々が参画する程のものだったのか、「毎年」という記述がしばしば見えるので各村とも例年年の瀬にこれを行っていたのでしょうか。村によっては「御配苻次第」と記されているので、割り当てが必ずしも毎年ある村ばかりではなかった様ですが、それにしても藩内の村の数を考えると、それ程多数の村が正月飾りの類を出していたというのは少々不思議な感じがします。

また、単に正月飾りを献上していたのみではなく、村の名主のうち「三筋ゟ名主壱人宛」、つまり小田原藩の東筋・中筋・西筋それぞれから1名ずつ「総名代」がわざわざ江戸まで正月の「お礼参り」に参上していたことも併せて記されています。そのために道中必要となる諸経費も名主が負担していた様です。ということは、これらの飾りも言わば「お歳暮」と呼ぶべき品々であったのかも知れません。ご祝儀という面もあったためか、「高割」つまり割増になっていた点も併せると、相当な負担を村々が負っていたことになります。


それらの品物の中に「牛房」という記述が複数箇所で見られるのはお節料理用でしょうか。確かに江戸時代には煮染めの牛房がお節の一品として定着していた様ではありますが。他に「いも」「串柿」といったやはりお節に使われそうな品目の名も含まれています。上記では引用を省略しましたが、新井村からは「海老」も献上されていたことが記されています。また、こういう用途であれば公儀ということで藩の御林の竹木を伐って使っていたことも窺えます。

それにしても、例年村々にこの様な対応を続けさせていたのは、その分量から考えるに、実際に必要があってのことと言うよりは、寧ろ大名などから将軍に対して行われていた「献上品」と同じ傾向が見て取れる様に思えます。何時頃からこの様なことが行われる様になったのかは詳らかではありませんが、上記村明細帳に1点寛文12年(1672年)のものが含まれていることから、少なくとも稲葉氏が治めていた時代には継続されていた可能性が高そうです。これらの品々を受け取った江戸屋敷が正月にどの様な状況になっていたのかがわかる史料がないか、また小田原藩以外の、特に親藩譜代など格が高いとされていた藩の正月飾りにどれだけ領内の村々が関わっていたのか、機会があれば探してみたいものです。

元禄2年の小田原藩の触書は、こうした実情を把握した上で村々の負担を考慮して廃止の判断を下したものなのでしょう。11月ということであればそろそろまた年明けに向けて手筈が動き出す頃で、その直前にストップを掛けたものと言えそうです。
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でも参照されている方が多い様ですので設置を継続します。

この記事へのコメント

- chie*co - 2014年12月30日 18:40:54

今年もありがとうございました~~♪
どうぞよいお年をお迎えください・・

今日も・・素晴らしい1日になりますように・・
そして・・明日も・・ ず~っと ず~っと・・=*^-^*=~thanks!!

Re: chie*co さま - kanageohis1964 - 2014年12月30日 19:26:51

こんにちは。こちらこそ1年間アクセスありがとうございました。

来年もまたよろしくお願い致します。

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