スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  • にほんブログ村 歴史ブログ 地方・郷土史へ
  • にほんブログ村 地域生活(街) 関東ブログ 神奈川県情報へ
  • にほんブログ村 アウトドアブログ 自然観察へ

↑「にほんブログ村」ランキングに参加中です。
ご関心のあるジャンルのリンクをどれか1つクリックしていただければ幸いです(1日1クリック分が反映します)。

blogramのブログランキング

↑ブログの内容を分析してカテゴライズするとの触れ込みでしたが…そちらはあまり期待通りになっていないですねぇ。
でも参照されている方が多い様ですので設置を継続します。

【小ネタ】綱吉「蹴鞠、禁止!」

またちょっと小ネタで間を繋ぐことにしました。産物がらみの史料漁りが進んでいないからですが…。

市町村史に収録された文書の中には、「えっ?」と思う様なものが時折あります。以前箱根の硫黄を取り上げた際に紹介した都夫良野村の花火の処方の本もそうしたものの1つで、中川村で精製していたという硝石の歴史を追っていてたまたま見つけたのでした。この史料を掲載していた「山北町史 史料編 近世」も、同時代の史料の残存状況が旧相模国内でもとりわけて良いことを「発刊にあたって」で書いていましたが、今回取り上げるのもそうした文書の1つです。もっとも、この内容は同地にのみ関わる話ではありません。

「山北町史」ではこの文書に「元禄七年(1694年)七月二十二日 藩が鞠取引きの禁止を申渡す」と表題を付けています。これは旧河村山北(現在のJR山北駅周辺一帯)の名主家に伝わる文書で、小田原藩に大久保家が戻った元禄4年(1691年)以後に同藩が出した触書などの写しが纏められた文書の中に収められているものです。

一鞠商(売)之義、無用仕候様と江戸町中被仰出候付、御領分ニ而も自然鞠売候もの郷中有之候ハヽ、堅致商買間敷候、然上ハ郷中鞠蹴申者有之候共、向後無用致シ可然候間、其旨相心得、郷中寺社方も寺社奉行中ゟ廻状一所遺シ候間、其村名主・組頭廻状之通、急度可申通候、以上

戌七月廿二日

青木吉右衛門

阿辻忠右衛門

(「山北町史 史料編 近世」488ページより、返り点等は省略)

江戸で鞠の売買が禁止されたので、それに従って小田原藩の領内でも今後の売買は禁止とする、という訳です。それだけではなく、蹴鞠をするのもダメになりました。村の寺社当てにも寺社奉行から廻状を残すから、よく確認して触書の通りにすること、と申し渡されています。

そもそも何で鞠の売買や蹴鞠が禁止される状況になってしまったのか、これだけでは何とも釈然としない禁制ですが、徳川幕府の編年録である「徳川実紀」の「常憲院殿御實紀卷三十(元祿七年七月に始り十二月に終る)」の巻に、この10日前に発せられた禁制について簡潔に記述されています。

◯十二日令せらるゝは。市井にて鞠ひさゝぐ者。其業をやめ。他の商賣すべし。ことさら犬皮用ふべからずとなり。(令條記)

(「国史大系 第43巻 徳川実紀 第6篇」205〜206ページより、強調はブログ主)


「常憲院殿」とは徳川綱吉の没後に贈られた戒名です。そうです、これもあの一連の「生類憐れみの令」に関連のある禁制です。とは言え、今から見ると「犬の皮を使うな」が蹴鞠の禁止に繋がっていくのは些か唐突に見えてしまいます。

和国諸職絵つくし「満りつくり」
菱川師宣「和国諸職絵つくし」より
「まりつくり」(右)
(「国立国会図書館デジタルコレクション」より)
蹴鞠についてあまり知識がなかったので、付け焼刃的に手に取った「手まりと手まり歌」(右田伊佐雄 1992年 東方出版)という本から知識を得ながらざっとまとめてみました。蹴鞠は平安時代から公家の間で行われてきましたが、江戸時代に入ると庶民の間で流行し始めました。右は「手まりと手まり歌」にも掲載されていた「和国諸職絵つくし」の1ページですが、解題によれば初版は貞享2年(1685年)2月。絵師は「東海道分間絵図」でも絵を描いた菱川師宣となっています。「和国諸職絵つくし」自体は「七十一番職人歌合」という中世の歌集に基いているものの、絵の方は江戸時代の当世風にされており、その点では当時の様相を伝えていると考えることが出来ます。

本式の蹴鞠の鞠の作り方について、「手まりと手まり歌」では次の様に解説しています。

さて蹴鞠のまりであるが、現代のわたしたちが想うまりとは概念的にかなり違っている。その製法から述べるなら、鹿(白毛まじりの大きな牝が最良という)などの皮革を椀状に成型したものを二枚合わせ、その接合部に腰皮を巻きつけて作る。腰皮には馬の皮革が良いという。この腰皮に近い椀の部分に直径一センチほどの穴をあけ、そこから大麦をいっぱいに詰め込んでふくらませ、球形に整える。時間をかけて球形の癖をつけている間に第一次の表面加工をし、きれいになったところで穴から大麦を取り出す。ここまででき上がったものを生地鞠(きじまり)という。

このあと第二次の表面加工をするが、その方式によってまりは違ったタイプのものになる。まず(にかわ)の液に鉛白を練り合わせたものを一面に塗り、さらに卵の白味をひいて艶つきの仕上げにしたものを「白鞠」という。これに対し、生地鞠を宙に吊り下げた下から松葉をいぶした煙を当てて、まりの表面を茶褐色に仕上げたものは、(ふすべ)鞠と呼ぶ。燻鞠はもとは地面が湿って鞠が汚れやすいときなどに使われたが、使い分けが面倒なせいか、のちには白鞠一本になってしまった。ほかに金箔・銀箔を塗った「金鞠」「銀鞠」や「赤鞠」「青鞠」まであったが、こうなると競技用というよりも飾り物であった。

蹴鞠のまりは中がガランドウで、ブヨブヨした〈ソフト・タイプ〉のまりである。だが、ゴムまりのように完全密封式でなく、空気が洩れるようになっている。つまり足で蹴り当てた個所が瞬間へこみ、すぐにまたもとの形にもどるという軟らかさと、有機的な機能をもっているわけである。しかし、いくら復形するといっても、三座(三ゲ―ム)も使うとまりに張りがなくなって、高く上がらない。そこでゲームにはあらかじめ数個のまりを用意して、適宜取り替えて使うようにした。張りがなくなったまりは、ふたたびまり職人の手で大麦を詰めて形を整え、表面加工をやり直して再生した。このような特異なタイプのまりは日本特有のもので、蹴鞠発祥地の中国にもこの種のまりはないということである。

(上記書117〜118ページ、ルビも原文に従う)


つまり、本来の蹴鞠の鞠では鹿などの革を使うのが本式でした。当時はまだゴムのボールの様に空気圧を使うタイプのものは存在しませんでしたから(ゴムボールが日本に入って来るのは明治時代初期です)、蹴り上げる際に足に掛かる衝撃を吸収させるために、革に塗った膠などによって弾力を増したものを使っていた訳ですね。

しかし、江戸時代に入って庶民の間に広まるに当たっては、入手に手間のかかる鹿革では値段に跳ね返ってしまうため、コストダウンのために町中でも野良犬を捕まえて確保できる皮を使って蹴鞠用の鞠を作る様になりました。貞享年間から次第に殺生を慎む様に数々の禁制を発してきた将軍綱吉がその様な事態を見逃すわけがなく、蹴鞠のために犬が殺されて皮を取られている実情に対して禁制を発したのは当然であったでしょう。


河村山北(現・山北町山北)の位置
因みに、河村山北をはじめとする丹沢の村々にこの禁制が届くのに、綱吉が禁制を発してから10日かかったことになります。「江戸より行程二十四里餘」(「新編相模国風土記稿」より)というこの村まで、江戸から徒歩で向かうと2日あまりかかったと考えられますが、綱吉の意を受けて禁制の書面を作成し、これを国内に向けて配布するべく手書きで筆写して継立に載せて…という当時の手間を考えると、これでもかなり早く丹沢に届いたと言えるのではないかと思います。当時の情報伝達の所要日数の目安の1つと考えられそうです。なお、「山北町史」ではこの禁制に関連しそうな史料を他に伝えていないので、当時の一帯の人々がどれほど蹴鞠を楽しんでいたのかはわかりません。

また、他方でこうした「生類憐みの令」関連の禁制が幕府の事務方の手によってかなり速やかに処理されていたことも窺えます。「生類憐みの令」に関しては後世に様々な評価がなされているところではありますが、少なくとも綱吉の治世下ではかなり優先度の高いものであったことは確かな様です。

この禁制がその後どうなったのかは定かではありません。ただ、享保年間に入って将軍吉宗が蹴鞠を復活させたりしていますので、恐らくは綱吉が将軍の座を退いた後に一連の「生類憐れみの令」が緩和される過程で、この禁制も解かれていたのだろうと考えられます。もっとも、上記「手まりと手まり歌」によれば、「江戸時代中期から後期にかかる頃、成人男子を相手にした「鞠場」という遊技場が、江戸その他で次々に店開きをした」ものの、「いざやってみると意外に難しい蹴鞠に、町民はすぐに厭きてしまい、鞠場は一時的なブームのあと廃れてしまった。」(同書125〜126ページ)と、庶民向けにはあまり長続きせずに終わった様です。綱吉の蹴鞠に対する禁制も、その一時的なブームが過ぎ去るのと同時に忘れ去られていったのかも知れません。

因みに、「手まりと手まり歌」によれば、「毬」の字は主に手毬など糸を巻いて作ったまりで、「鞠」は革製のまり、特に蹴鞠を指します。「山寺の和尚さん」は江戸時代から伝わる「わらべうた」ですが、「まりが蹴りたし」という場合の「まり」は「毬」ではなく「鞠」だったのでしょうね。このわらべうたが何処まで時代を遡るのかは諸説定まらない様ですが…。
スポンサーサイト
  • にほんブログ村 歴史ブログ 地方・郷土史へ
  • にほんブログ村 地域生活(街) 関東ブログ 神奈川県情報へ
  • にほんブログ村 アウトドアブログ 自然観察へ

↑「にほんブログ村」ランキングに参加中です。
ご関心のあるジャンルのリンクをどれか1つクリックしていただければ幸いです(1日1クリック分が反映します)。

blogramのブログランキング

↑ブログの内容を分析してカテゴライズするとの触れ込みでしたが…そちらはあまり期待通りになっていないですねぇ。
でも参照されている方が多い様ですので設置を継続します。

この記事へのコメント

トラックバック

URL :

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。