「【旧東海道】その15余録 ハコネサンショウウオ」の補足

随分と中途半端なタイトルになってしまいましたが…。

ハコネサンショウウオ表紙
「箱根町の天然記念物 ハコネサンショウウオ」
(大涌谷自然科学館編 1990年)表紙の写真(再掲)
最近、私のブログのアクセス履歴を見ていて、「ハコネサンショウウオ」をキーに検索して私のページにアクセスされた跡が幾つか見つかりました。何れも「【旧東海道】その15余録 ハコネサンショウウオ」のページを見に来られていましたが、この他に「タダミハコネサンショウウオ」というキーワードがあって、何が切っ掛けになったかがわかりました。

  • 「豊かな自然の証し」 タダミハコネサンショウウオ発見(福島民友トピックス) ※リンク先消失
  • サンショウウオ、新種発見 | 河北新報オンラインニュース ※リンク先消失

何れも10月9日の記事で、アクセスもこの日付近に集中していました。

これが切っ掛けになって自分の書いた記事を読み返していたのですが、どうも収まりの良くない箇所を見つけてしまいました。それでもう少し書き足してみようか、というのが今日のタイトルの意図です。

トゥーンベリやシーボルトが江戸への道中の行動を制限される中で、箱根の山中で採集した標本が、ハコネサンショウウオの学名の制定に繋がったことは確かです。しかし、その学名は
  • Lacerta japonica(トゥーンベリの唱えた学名)
  • Salamandra unguiculata(シーボルトが持ち帰った標本を元にシュレーゲル他が唱えた学名)
  • Onychodactylus japonicus(ホッタインが唱えた、現在の学名)
と、何れも「日本の」を意味する言葉は含んでいるものの、「箱根」を意味する言葉を含んでいる訳ではありません。

一方、和名の方は「ハコネサンショウウオ」と定められていますが、この和名の制定がトゥーンベリやシーボルトが持ち帰った標本に依存していることを裏付ける記述が、前回の記事では抜けています。その点はもう少し日本国内の文献を漁って、和名制定の経緯をきちんと調べるべきなのでしょうが、そこまでこの問題を追い込むことは出来ていません。

ヒントになりそうな記述が、前回の記事でも引用した「『箱根の文化財』第四号:特集ハコネサンショウウオ」(箱根町教育委員会編 1969年)の中に掲げられています。この「第1節 昭和5年沢田武太郎の“箱根地域動物相(Fauna Hakonensis)について”中の(ハコネサンショウウオ Lacerta japonicaOnychodactylus japonicus)の記事」と少々長い見出しの元に次の様な引用文が掲載されています(29ページ)。

ハコネサンショウウオは古来黒魚として人口に膾炙し、弄花の七湯の栞には其の図説さへあれども、学術的取扱に就ては未だ充分ならず。

安永5年(1776)和蘭貢参府の砌医Carl peter(ママ) Thunberg(春氏)随行して共に箱根を往復せり。其節ハコネサンショウウオを得て其の後之れを西欧にもたらせり。この標品に基き和蘭博物学者Houttuyn氏は(Salamandra japonica)なる名を撰べり。又Thunberg氏は後(Lacerta japonica)と定めたり。其の後Bonaparte氏に依りOnychodactylus japonicaと考定して今日に及べり。又属名(Onychodactylus)とはTchudi氏の創定せし所にして、爪の指と云ふ意味にして雄及幼雌は黒き爪を其の指に有すればなり。(Stejnegerに依る)日本産山椒魚の権威田子勝弥氏(理学界Vol.ⅩⅩⅢ no7, p33 大正14年)によれば未だ此の箱根山椒魚の卵は発見されて学者の研究されたものなく、従て発生に就ては暗黒なり。

分布は特に箱根に限らず本土全土に産するものなるが、和名に就ては箱根を冠し、学術的研究最初の材料となるものは実に彼の蘭医瑞典人Thunbergの箱根に得たる所に係るが故に学術上箱根は

Salamandra japonicaLacerta japonicaOnychodactylus japonicus, Type localityと云ふ(尚箱根とは箱根八里を云ふ意なれども、おそらくは須雲川畑宿辺ならんと想像せらる)

(昭和5年大箱根国立公園協会発行“大箱根国立公園” p49-50)

(強調はブログ主)


幾つか補足をしておきましょう。まず、この文章自体が「大箱根国立公園」という冊子からの引用ですが、日本の国立公園法が制定されるのは翌年の昭和6年(1931年)です。生憎とこちらの冊子は未見ですが、その日付の順から考えると、この冊子は国立公園の指定に向けて地元で発足した協会がその意義を関係方面にアピールするために作成されたものと思われます。なお、「富士箱根国立公園」が指定されたのは昭和11年(1936年)2月のことです(現在は伊豆半島を含んで「富士箱根伊豆国立公園」として指定されている)。

この文章を書いた沢田武太郎という人ですが、箱根・底倉温泉の旅館「蔦屋」を明治時代に経営していた沢田武治の孫に当たる人で、箱根の植物の研究で成果を上げた人です。動物は専門ではなく、恐らくは各方面の指導を仰ぎながらこの文章を書いたものと思われます。そのためかホッタインの定めた筈のOnychodactylus japonicusの学名を別の人物のものとしている辺りに不正確な部分が見受けられます。箱根の国立公園指定に向けて一帯の自然環境の豊かさを訴える必要から植物に限らず動物に関しても幅広く記述したものでしょう。因みに、先日来度々引用している「七湯の枝折」の1つも同家が「蔦屋」を買収するに当たって引き継いだもので、箱根町教育委員会が作成した冊子で釈註を加えた沢田秀三郎は武太郎の弟に当たります。

「日本産山椒魚の権威」として紹介されている田子勝彌トウキョウサンショウウオの学名(Hynobius tokyoensis)などを定めた人ですが、「タゴガエルRana tagoi)」にその名を残す人でもあります。なお、この頃にはまだハコネサンショウウオの卵が発見されておらず、生態が未解明とされていますが、この辺りの研究が進んだのは昭和40年代以降になってからのことです。

この沢田武太郎の記述に従えば、やはり「ハコネサンショウウオ」の名はトゥーンベリやシーボルトが採集した標本に由来することになります。少なくともこの見解が、以前引用した「箱根の文化財 第四巻」の「あとがき」に

しかし、タイプローカリティーとして“ハコネ”の名を持つ動物であり、分類学上永久に箱根に生存させるべき貴重な種の原型として、また古来より箱根の名産物となり、住民の生活にとけこんで現在に至ったゆかりの深い動物として、箱根に於てはぜひ保存しておきたい貴重な動物の一つと思われる。

(上記書47ページより)

と書かれている通り、箱根町の天然記念物制定のバックボーンにあることは確かでしょう。「『箱根の文化財』第四号」は今となってはごく限られた図書館の蔵書(確実なところでは神奈川県立図書館)を頼りにする以外にない冊子ですが、箱根町がこの生物を天然記念物に指定するまでにどの様な経緯を経たのかを理解する上では必要な資料であると思います。

最近日本国内で新たに種名を確定されたハコネサンショウウオの仲間は、「タダミハコネサンショウウオ」の他にも
  • キタオウシュウサンショウウオ Onychodactylus nipponoborealis
  • ツクバハコネサンショウウオ Onychodactylus tsukubaensis
  • シコクハコネサンショウウオ Onychodactylus kinneburi
があります。うち、「キタオウシュウサンショウウオ」以外は何れも「ハコネサンショウウオ」を内包した和名が付けられています。「タダミハコネサンショウウオ」の学名は「Onychodactylus fuscus」、これらの中では学名に和名と同じ地名を含んでいるのは「ツクバハコネサンショウウオ」だけということになりますね。因みに、「シコクハコネサンショウウオ」の「キンネブリ」は石鎚山地における本種の地方名に由来するものだそうです。箱根の山椒魚がそうであった様に、この「キンネブリ」もやはり産地では薬効を信じられていたものの様です。

今後の研究によって、これらの和名も更に整理される可能性もありますが、「Onychodactylus」が「ハコネサンショウウオ属」と訳されていることを考えると、互いに隔たった地名が複数繋がる奇妙な和名になっているのも、これまでの歴史が織り込まれたものであるとも言えるでしょう。こうした和名や学名に見える歴史を辿ってみるのも、また良いかも知れません。

※追記(2015/10/13):「タダミハコネサンショウウオ」の記事のうち、福島民友紙の記事がサイトから削除されておりましたので、リンクをコメントアウトしました。旧URLから2014年10月9日付の記事と判断されますので、必要な方は縮刷版等を御利用下さい。
(2016/02/09):同じく河北新報の記事もサイトから削除されていましたので、リンクをコメントアウトしました。こちらも同じ日の記事と判断されますので、必要な方は縮刷版等を御利用下さい。
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