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でも参照されている方が多い様ですので設置を継続します。

「新編相模国風土記稿」の産物:鉱物類のまとめ

ここまで、「新編相模国風土記稿」の各郡の産物山川編の土産の中から、鉱物に属するものをひと通り見てきました。書いてきた記事を改めて掲げると以下の通りです。順序を「各郡の産物」の出現順→「山川編」の出現順に並べ替えてみました。


ここまで見てきたことで何が言えるかを少しまとめてみたいと思います。



「新編相模国風土記稿」で鉱物類の産品が紹介された村々
鉱物類の産品が取り上げられた村々

Googleマップ上でここまでで取り上げられた村々をプロットしてみました。一見してわかる通り、何れも相模川の西側に位置しており、大磯を除いて全て箱根・丹沢の山岳地帯に集中しています。大磯の砂利にしても、元は酒匂川流域から流れ出たものが湾岸流によって同地に流れ着いたものですから、実質的にその全てが箱根・丹沢の山々に由来するものであると言えるでしょう。

ただ、ここで気を付けなければいけないのは、「風土記稿」に記されなかった村々の中にもこうした鉱物を産出するところがあったという点です。例えば、「砥石」の話では明治時代の内国勧業博覧会で戸川村以外の砥石が出品されたことが紹介されていましたが、時期的に見てもこれらの村々が明治時代以前から砥石を産出していた可能性は高いでしょう。

また、鎌倉では同地に幕府があった頃から「鎌倉石」が周辺の山から切り出されて鎌倉の都市建築に使われており、今でも同地の寺社仏閣などにその名残を見ることが出来ますが、当然江戸時代にもその産出は続けられていました。しかし、「風土記稿」では十二所村の小名に「石切場」の名が見える(卷之九十三 鎌倉郡卷之二十五)程度で、鎌倉周辺の石切場が江戸時代に稼働していたことを示す記述は見当たりませんでした。元より「風土記稿」では鎌倉郡の記述について

鎌倉郡は、其前、武州稿編の時、捜索の事ありて、重て其學に及ばざるが故、他郡に比すれば、甚疎なり、抑鎌倉は、古人撰述の書もあれば煩蕪を省て、簡易に從ふのみ、

(首卷・凡例、雄山閣版より、)

と、他の郡に比べて記述が浅いことを指摘しており、その影響が産物の記述に現れた可能性もあります。しかし、「風土記稿」に記されなかった江戸時代の石切場としては、「鎌倉石」の他にも例えば愛甲郡七沢村(現:厚木市七沢)の「七沢石」があるのですが、「風土記稿」の七沢村の項にはやはりこの石切場の存在については記述されていません。この「七沢石」は「鎌倉石」同様、堆積性の岩の一種である凝灰岩質であり、比較的柔らかく加工しやすく、主に周辺の農村で石碑や石臼などに用いられていました。こうした例を踏まえて考えると、やはり硬度の高い火山性の石材が相模国の産品として選択されて「風土記稿」に記載された、ということになるでしょう。

その点で、「風土記稿」の各郡の産物や山川編の産物の一覧は、その「質」をある程度意識して選択されたものである、ということが言えそうです。



一方、これらの産品が何処に運ばれてどの様に消費されていたか、という問題についても可能な限り考えてみました。その点で江戸向けの流れが比較的はっきりと読み取れたのは、明礬と石材ということになるでしょう。特に明礬は江戸の商人が箱根での明礬精製を始めたことや、江戸の明礬問屋の存在が浮かび上がったことで、結果的には全量が箱根から江戸へ運ばれていたことになります。石材も風祭村の石切場が廃されたことを見ても、地元の小田原での消費よりも江戸向けの輸送が意識されていたことが見えてきます。


小島本陣が大磯の砂利を献上した先には
京都・知恩院の大僧正の名前も含まれていた
大磯から持ち込まれた砂利は
庭園の何処に撒かれたのだろうか
(知恩院境内のストリートビュー
これらに対して、大磯の砂利は小島本陣によって宿泊した大名や大奥、寺院に献上されていた実情を見ましたが、大奥を中心にその多くは江戸の屋敷で使われた可能性が高いものの、寺院をはじめ他の地域へと運ばれたと思われるものもあり、その点ではより広域に分散して流通していた面があるのかも知れません。また、化石・牡丹石は賞翫目的なので基本的に町民向けと考えられますが、木内石亭が関西の人であった様に、愛好家は意外に全国に分散して存在していたことが窺え、必ずしも江戸に集中していた訳ではない様です。

金銀や砥石、燧石については、「風土記稿」編纂時点では既に産出されなくなっていたり、産出量が少ないために近隣での消費に限られている旨記されています。こうしたものが敢えて相模国の産品として「風土記稿」に記されたのは、やはり質の良さに着目されたからなのでしょう。それだけの評判であれば、江戸まで運ばれることはなかったにしても、小田原の城下で使われていた可能性も考えられそうですが、何れにしても流通範囲が狭かったのは確かな様です。


草津温泉の「湯畑」(ストリートビュー
残念ながら箱根には この草津の様な
江戸時代の湯の花精製の施設が残っていない
こうした流通先があまりはっきりしなかったのが硫黄と湯の花でした。硫黄については当時硫黄問屋が江戸にあった一方で、都夫良野村の花火製法の記録から同地へも直接運ばれていた可能性があること、小田原藩が鉄砲稽古などで必要とする火薬用にこの硫黄を焔硝と共に使っていた可能性を見ましたが、どちらにどの程度の量が運ばれていたのかまでは明らかになりませんでした。湯の花は地元の土産物として販売されていた記録はありますが、草津温泉の湯の花が江戸の薬種問屋に卸されていた記録があることを考えると、箱根で採取された湯の花も一部は江戸へ送られて販売されていた可能性も考えられます。しかし、その裏付けとなる史料などを見出すことは出来ませんでした。

こうした事例を見ていくと、江戸時代にあって江戸は確かに一大消費地として様々な物資が送り込まれる地ではあり、特に石材については江戸時代初期に臨時に多数の石切場を設置して対応する程の量が送り込まれる例はありましたが、個々の品目毎に見た時には必ずしも江戸に集中する様な物の動きばかりではなかったことが浮かび上がってきます。勿論、その辺りの状況を考える際にはどの程度の量の物資が移動していたかを移動先毎に見て行く必要があり、そのために必要な統計的な記録はごく限られている現状では可能性を示唆する以上のことは出来ませんが、主要な品目の江戸への流れだけではなく、それ以外の地域への物の動きにも、時には目を向けるべきなのかも知れません。



今回一連の記事を書くに当っては、地質図をはじめ現在観察できる地質上の特徴を多分に考慮することになりました。それは鉱物類がその土地から生じるものを産品とすることが本質である以上当然なのですが、江戸時代から現代までの高々数百年程度の時間の流れの中では、その間に大きな地殻変動が生じたりすることがない限り、あまり大きく変化することがないため、当時の様子を現代から振り返る上では文字通り現地から動かない証拠として使える「史料」であるとも言えます。この点はこの先農産物などについても同様の考察を試みる際には、現状が当時からかなり大きく変わってしまったものが増えてくるため、他の品目にはない特徴であったと言えるかも知れません。

近代に入ると、明礬を皮切りに次第に輸入品や代替品に取って代わるものが増え、現在「風土記稿」に記されているものの中で引き続き生産が続けられているものは随分と限定的になってしまいました。その様なこともあり、「風土記稿」に挙げられた産品の中には、現在では当時の実情が必ずしも十分に明らかにならなくなったものもかなり多くなっています。しかし、当時はまだ現代の様な地質学的な知識があった訳では必ずしもない中で、その土地の地質やそこから湧き出る温泉の質などを見極め、様々に活用する当時なりの「(すべ)」を持っていたことは確かで、出来ることなら少しでも埋もれてしまったこれらの術を少しでも掘り起こしていくべきなのでしょう。



PS.:やっぱりどうもFC2ブログのPingが、記事更新後すぐに飛んでいない様で、にほんブログ村に最新記事がなかなか反映しない現象が続いていますね。前回・今回とブログ村上でPing代行送信機能を使って最新記事を更新する破目になりました。他にFC2ブログをお使いの方でブログ村をお使いの方でも、何時もよりも最新記事の反映が遅れている方がちらほらいらっしゃいます。しばらく様子を見るしかなさそうですが…。
追記(2016/01/21):ストリートビューを貼り直しました。
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