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箱根のカジカガエル:「七湯の枝折」から

ファイル:Buergeria buergeri.jpg - Wikipedia
カジカガエル(Wikipediaより)
(Licensed under Public domain
via Wikimedia Commons.)
先日箱根の「七湯の枝折」の産物の一覧を作成した際に、少なからず興味を惹かれたのが、「かしか蛙」、つまりカジカガエルの項目でした。

一 かしか蛙 堂ケ島の谷川ニアリ其声ひぐらしのことし

(「七湯の枝折」沢田秀三郎釈註 1975年 箱根町教育委員会 71ページより)


丁度先日「イモリと山椒魚の博物誌」を紹介した際に、同じ著者の「蛙」が法政大学出版局の「ものと人間の文化史」シリーズに収まっていることを知ったこともあり、この本を手掛かりに箱根のカジカガエルについて色々と調べてみました。

カジカガエルは山間の渓流に生息するカエルですが、「七湯の枝折」の記述では、カジカガエルの声を聞けるのは堂ヶ島温泉と記されています。ここは「七湯の枝折」でも

塔の沢より嶮岨を登る事一里半山にそひ岨をつたひて平らか成所に出る爰を大平台といふ人家凡二三十軒許もありて酒ひさく家蕎麦のはす宿などありて万不自由ならず夫を過て右の方にしるしの石たてり是よりして堂か島へ下る山路殊にけハしく九折なり堂ヶ島は究て凹なる所にて早川三方を遶り其さま少しく島のかたちをなせり向ひハ明神カ嶽のなだれにて山の半より白糸の瀑布しづやかに落療客の足にまとハる山水清くなかれ湯気常に扉をとづ峰のましらハ樵夫の斧に影をうつしてかたちつくり岩間の松のさるをがせハ溪川にあしをのへて眼を洗ふ実に深山幽谷のうち鹿(塵)垢をそゝくに堪たりかゝる山蔭の僻地といへども小田原のはつかつほハ坐してくらひ荻江小出(ふし?)が鄙声もしきいを隔てゝ聞くされバにや所の小娘湯女に至る迄都の手ぶりみなれ聞なれて自然とみやひに風流なる事いはん方なし

(上記同書26ページより、傍注は同書に基づいて適宜ルビ化して挿入、強調はブログ主)


堂ヶ島温泉の空中写真
と記す様に、早川の渓谷の畔の狭い場所に立地する温泉です。峡谷の中を流れるだけに、治水工事が施された現在でもこの付近での早川の蛇行は健在で、そのためかこの付近では若干河原が広くなっているのが空中写真で確認出来ます。

もっとも、「七湯の枝折」の50年ほど後に、やはり箱根の温泉の地誌として書かれた間宮永好という人の「箱根七湯志」(文久元年・1861年)では、カジカガエルは早川や須雲川に多数生息している、としています。筆者は恐らく「七湯の枝折」を目にしていると思われますが、こちらの「(カハツ)」の項は遥かに記述が厚く、カジカガエルが古くからその鳴き声を愛でられていたことが、万葉集を引いたりして詳しく解説されているので、長くなりますがここではそのカジカガエルに関する記述をひと通り引用します。

(カハツ)

河津ハ。早河須雲河等ニいとおほかり、コを江戸の人ハ田の中。池の中なとニ住む。蝦蟇(カヘル)のことゝ思ふめるハ辟事ナり。萬葉集六の巻。鞍作益人歌に。「おもほへずきませる君ニ佐保川の。かはつきかせてかへしつるかも」とよめるハ。河津の(めで)たき聲を。きかせずして。客人かへしつることを。くやめるなり。古今集の序ニ。花ニなく鶯水ニすむ河津(カハヅ)と有も。鶯ニ劣らぬほどの。めてタき。聲なればなりけり。田沼等の蝦蟇(カヘル)ならむにハ。人ニ聞かせぬをくやみ。鶯ニ對てハいハむ。ことニ田のかへるハ春を專とするを。是ハ夏秋を專とすめり。萬葉集六の卷長歌車持千年ニ。河の瀨ごとニ(アケ)されば。朝霧立。夕されば蛙なくなり云々。同十の巻ニ神なひの山したとよみ。ゆく水に蛙鳴なり。秋といはむ。とやなど。此外例多し。さて此を田ニも詠めるハ。かゝる石かちなる。山河ぞひの田にハ。蝦蟇(カヘル)ニ交りても鳴なり。されば田蛙といへる題ニハ。さる心して(ヨム)べきを。實を不知(シラス)(ヨム)。こを蝦蟇(カヘル)とぞ。心得あやまりしより。(カハヅ)蝦蟇(カヘル)と一つものゝやうニなりしなり。いニしへの人ハ貴き際といへども。山野ニ遊ぶコとを。いみしき樂しさとせり。されば自然(オノヅカラ)眞物(マコトノモノ)を見れば。誤謬(アヤマ)ること少し。中古より以來(コナタ)の人ハ。絲竹(アソビ)をのみ(メデ)て。野山の遊を多く爲ず。故眞ニ疎くして。物を謬るコとおほし。かゝれハ蛙も遂ニ。實を失へるなりけり。余安政五年五月の頃。湯沐(アアミ)しけるとき。塔澤湯本あたりニて。草の枕のあとニ。なけるをきけり。實ニ其聲うるはしくして。此聲きかてかへらましかば。いかニくやしからましと。鞍作ぬしの心をさへ思やりき。其時ハ彼か形を見さりしを。萬延元年の夏。水戸の或おもとひとの許より。常陸國より持こせるなりとて。余に贈れり。頓のコとニて。飼おかむものしなけれ。少さき壺ニいれて。銅網を覆ひおけるを。それが目よりくけ出て、行方シらずなりニき。今ハかれかさまをうつしてのせつ。そのさま蛙黽(アマガヘル)に似て。色黑く大栂指の節より。上つかたはかりの大きさニて。いとやせさらぼへるものなり。掌ニ圓らナる肉あり。今ハ江戸ニても。此を養て聲を弄ぶ。好事あれば。此を捕へ來て。賣る商人もあり。是を見るニも。萬不飽事無き。大御代の有難さをぞ知ぬる

(「箱根七湯志」間宮永好著/福住正兄増補 明治21年 大八洲学会版 38〜41ページより、「国立国会図書館デジタルコレクション」より、変体仮名はカタカナに適宜置換え、ルビ、句読点は同書に従う。濁点の有無も同書に従ったつもりですが、印刷の潰れや汚れで見間違えている箇所があるかも知れません。強調はブログ主)


カジカガエルの鳴き声はこちらのページで聴くことが出来ます。その他、カジカガエルの鳴き声を収めた動画もいくつかアップされています。「箱根七湯志」ではその独特の鳴き声を鶯に比して表現していますが、「フィー、フィー」などと聞きなしされるその鳴き声は、確かに平野部のカエルの鳴き声にしか馴染みのない人には、すぐにはカエルが鳴いているとは気付かれない面はあるかも知れません。

その一方で、カジカガエルが江戸時代には飼育されて販売されていたことが「箱根七湯志」に紹介されています。どの程度引き合いがあったかは不明ですが、カジカガエルが生息する渓流には縁のない江戸の町民であっても、その鳴き声に接したことがある人はそれなりにいたのかも知れません。

さて、「七湯の枝折」では「かしか蛙」と「カジカガエル」であることがはっきりする様に表記していますが、「箱根七湯志」では単に「河津(かわづ)」とのみ記し、平野部で見られる「(かえる)」とは異なることを解説しています。こうした表記の問題については、「ものと人間の文化史64 蛙」(碓井益雄著 1989年 法政大学出版局)では「大言海」などを引いて解説しています。

(注:東光治氏は)カヘルという語は上代からあったのに、歌には用例がないらしく、結局カヘルは俗語で、カハヅは歌語であろうといわれる。それに対して、『大言海』のカハツカヘルの下略というのとは別に次のような語源説もある。それは蛙の類を表わす語にアヅとかアルとかがあったとし、河にいるのが河アヅで、それがカハヅになり、また谷間のような所、つまりカヒ(峡)にいるのが峡アルで、それがカヘルになったのだろうという。それとは別にカヒアヅの母音脱落形がカハヅ、カヒアルの母音融合形がカヘルであるという見方もある。それにしても、なぜ歌にはカハヅしか用いられないのか、またカハヅとカヘルとは鳴き声が違うのかなど、不明なところが残る(小学館『古語大辞典』一九八三年)。

カジカ(河鹿)というのは、鳴き声がちょっと鹿に似ているので、河に棲む鹿という意味で名付けられたという。江戸時代末の岡本保考『難波江』では、カハヅとカヘルの別について論じているが、河鹿について、「友人丸山本妙寺上人云く、河鹿の鳴く声はシュウシュウときこゆ。鹿の鳴く声もシュウシュウとききなさるるものなれば、川にすむ鹿といふ意にて、河鹿とは俗に名をおひけん。蛙はカウカウと鳴きて田にあり」と述べている。…万葉時代にカハヅといわれていたものが、カジカと呼ばれるようになったのは平安朝以後、加茂川の上流や桂川のカジカの鳴き声に親しむようになってからのことである(東光治、前掲書/注:『万葉動物考』人文書院、一九三五年)。

(上記書 31〜32ページより)

長くなるので後半部分のみの引用に留めましたが、この辺りは解釈の多々入る余地のある部分でもあり、諸説相定まらず、といったところなのかも知れません。何れにせよ、江戸時代にはこうした言葉の混乱の調査が次第に進み、「箱根七湯志」もそうした調査の結果を参照して「蛙」の項を書き記したことは確かでしょう。

他方、「ものと人間の文化史64 蛙」ではその鳴く時期について、大体5月から8月中頃までであることを紹介した上で、万葉集に一部秋にカジカガエルが鳴く様に記されているものについては、同じく「万葉動物考」を引用して、昔は立秋から秋であったのだから、実際には盛夏を過ぎたばかりのまだ暑い頃でも秋と認識してこの様な歌に詠んだのであろうと解説しています。また、鳴く時間帯についても、夕方から夜中にかけて、また明け方に鳴くこと、それが万葉集の歌や後の俳句にも良く表現されていることを紹介しており、「箱根七湯志」の筆者が明け方に湯本でカジカガエルが鳴くのを聞いたとする記述と良く合います。してみると、間宮永好は実際にカジカガエルの鳴き声を湯本で聞いていたことになり、「七湯の枝折」がカジカガエルの鳴き声が聞こえる場所を堂ヶ島温泉に限定したのは、あるいは実情に合っていなかったのかも知れません。

こうした事情を考えると、江戸時代の道中記などでカジカガエルが鳴く様子を記述したものが見つかっても良さそうに思えます。ただ、まだそれほど多数の道中記を見ていないからだろうとは思うものの、残念ながら明らかにカジカガエルの声を聞いて書いたと思えるものを見つけることは出来ませんでした。強いて言えば、「木賀の山踏」(天保6年、竹節庵千尋[川上文治義孝]著)の中で蛙について触れている箇所に、その可能性があるかも知れないと思えた程度です。その表題が示す通り、木賀の温泉に滞在中の様子を書いています。

明る(注:三月)十三日、きのふ宮城野より帰るさ近き山やまより雲出風吹荒て雨を催すさま也しか、けさ起出て見れは一めん空曇りて夜半比よりも雨降りしにや、今も霧雨降やまて庭木飛石なと潤ひぬ。折おり蛙の鳴けれは

池水のおもてを少し出語りや

蛙のうたは欠合にして

春雨の露のしら玉ころころと

ころかして鳴庭の蛙は

(「相模国紀行文集:神奈川県郷土資料集成 第6集神奈川県図書館協会編 1969年 407ページより、くの字点はひらがなに展開)


木賀温泉の位置
現在の5月から8月というのは、旧暦ではおおよそで4月頃から7月頃ということになるのですが、この「木賀の山踏」はそれより早い3月頃の記述(新暦に直すと1835年4月10日)であり、カジカガエルが鳴き始めるには若干早い時期であるのが気になります。また、「庭の蛙」というのもカジカガエルが渓流に棲むという特徴と合いません。ただ、「しら玉ころころと/ころかして鳴」という表現は、あるいは同地の名物とされているカジカガエルの鳴き声の聞きなしを意識して選んだものかも知れないという気がします。「ものと人間の文化史64 蛙」に引用されている短歌にも

山川に恋しながれてころころと かじかなくなり水の落合

(甲斐国巨(同書ママ)郡の歌、同書120ページより)

とカジカの鳴き声を「ころころ」と表現しているものがあります。


その他、「相摸国紀行文集」に収録された紀行文のうち、箱根の温泉に逗留したものとしては「東雲草」(文政13年春)「塔沢紀行」(元禄7年4月12日〜5月8日)「箱根日記」(文化10年8月9日〜26日)「凾山紀行」(天保3年8月)が挙げられますが、「塔沢紀行」以外はカジカガエルが鳴く時期の前後に当たっており、丁度その頃に箱根を訪れたものが多くないことが、カジカガエルについての記述をあまり見ない理由と言えそうです。その他では例えば「玉匣両温泉路記」(原正興、天保10年4月13日〜5月9日)が時期的には合うのですが、残念ながら箱根の蛙の鳴き声に関する記述は見られませんでした。この辺はもう少し範囲を広げて探してみる必要がありそうです。

なお、もっぱら渓流に棲むカエルということなので、現在はさぞかし絶滅の危機が…と思って神奈川県のレッドデータブックを確認しました。2006年版には絶滅危惧種Ⅰ類に分類されているトノサマガエルをはじめ、8種類のカエルが要注意種以上に分類されているのですが、その中には意外やカジカガエルは含まれていません。同書の両生類の項目でも特記事項はなく、同項末尾に付された一覧(136ページ)では「ステータス」は個体数が少ないことを示す「R」になっているものの、レッドデータ度は「J」と記されています。これは分布域は限定されるが分布域の増減、個体数の増減は見られない「健在種」ということを意味しており、分布域は神奈川県内の京浜、湘南を除く残りの地域に印が付されています。山がちな県西部だけではなく、平野部が多く渓流の印象の薄い県央地区までがその対象域になっているのは、厚木市が含まれているからでしょうか。確かに県立七沢森林公園内の七沢川でカジカガエルの生息が確認されている様です。

山間部の渓流であっても砂防ダムなどの工事は行われており、その影響を受けて個体数を減らしている種が数多く報告されている中では、カジカガエルのこの分類は少なからず意外ですが(無論、その影響が皆無という訳ではないのでしょうが)、平野部で水田の激減や農法の変化の影響を大きく受けて絶滅が懸念される様になった種に比べれば、人影薄い渓谷を主な生息地としてきたことが却って幸いしたのでしょうか。あるいは、江戸時代からその声を愛でて飼育されて販売されていたことを考えると、生育環境さえ気を付ければ意外に強かな面を持ったカエルなのかも知れません。
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この記事へのコメント

- カノッチ - 2014年08月27日 11:18:38

カジカガエルについての詳しい記述に感心いたしました。勉強になりました。(^o^)

- kanageohis1964 - 2014年08月27日 16:10:25

こんにちは。コメントありがとうございます。文章だらけのブログですが、またよろしくお願いします。

こんにちは - 鬼藤千春の小説 - 2014年09月02日 22:03:17

はじめまして!あるブログを拝見していたら、このブログに出会いました。私もブログを開設しています。「鬼藤千春の小説」で検索できます。一度訪問してみて下さい。

- kanageohis1964 - 2014年09月03日 08:45:07

こんにちは。
コメントありがとうございました。またよろしくお願い致します。

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