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↑ブログの内容を分析してカテゴライズするとの触れ込みでしたが…そちらはあまり期待通りになっていないですねぇ。
でも参照されている方が多い様ですので設置を継続します。

【旧東海道】番外編 大師河原の「㮈」

これは厳密には旧東海道からは随分と離れた場所になるし、別のカテゴリーにしようかとも思ったものの、発端はやはり旧東海道筋から派生しているので、座りは悪いけれどもこちらで行きます。

川崎宿の盛衰を考える上では、どうしても川崎大師(金剛山金乗院平間寺)のことに触れたいなぁと思いながら、川崎宿から大師までのいわゆる「大師道」の道筋を地図上で追っていました。もっとも、現在は医王寺から大師までの道筋の大半が区画整理されて失われているので、当時の道筋を追うにはやはり「迅速測図」を見るしかないと判断し、「歴史的農業環境閲覧システム」を開いたのですが…。

「迅速測図」では、まだ地図記号が制定される前で、土地利用については専ら漢字で表記されていました。多摩川に並行する大師道を追っていくと、多摩川河川敷を中心に「梅」「桃」といった果樹園が点在していたことが見えてきます。大師道沿道の名物になっていたものですね。


(「今昔マップ on the web」より、地図の不透明度を100%に切り替えると、現在の地形図に切り替わる)

残念ながら「歴史的農業環境閲覧システム」に掲載されている迅速測図は解像度が粗く、これも良く見ないと何という漢字か判読し難いのですが、多摩川に沿って「桃」と記された土地が、そして右下の辺りに「梅」の字が見えています。左の中程から途中で枡形を描いて右下へと通じる道が大師道で、この枡形の辺りが医王寺という位置関係です。すぐ北側を走っているのは水除堤で、梅林は堤の向こう側、つまり多摩川の増水時に堤防によっては守られない位置にあったことがわかりますが、今日の本題はそこではありません。

もう少し下流へと辿っていくと、河原に「」と記された土地があることに気づきました。いや、正確に言うと「歴史的農業環境閲覧システム」では何と書いてあるのかわからず、より高解像度な迅速測図が収録されている「東京時相地図」に辛うじて多摩川沿岸が含まれていたので、これを見て初めて「㮈」という字であるらしいことがわかった次第です。

でも、「㮈」って一体何が植えられていたのか、それとも河原だけに何かが自生していたのか。もっとも、「㮈」と記された区画は別に多摩川沿いに限られておらず、もう少し内陸に入った辺りにも散見され、この一帯には割と多かったことがわかります。秣場の様な自生地がこんなに散在しているのも不自然ですし、恐らくは何らかの耕作地だろうとは思うものの、作付面積が大きいのならさほど珍しいものではなかった筈で、それを何故この字で表現しているのだろう?因みに、江戸末期にこの地域で名産になっていたものという点で言えば、「梨」が思い浮かびます。「長十郎」がこの地で発見された品種であることは有名ですが、では何故「梨」ではなく「㮈」なのか?

一応「木偏に奈」で検索すると、こんなQ&Aページがヒットしました。
漢字の変換の仕方を教えて下さい。 木へんに奈⇒【木奈】こんな字です。 この文字の...
漢字について質問です! きへん(木)+奈でなんと読むんでしょうか?
この中では

意味は「からなし(樹木の名称)」です。唐梨と書きますが、植物名としてはベニリンゴ。似ているので、カリンにも、これを当てることがあるようです。

という2つ目のQ&Aの回答が最も近そうですが、そんなものを大師河原で大量に作っていたんだろうか?という点が腑に落ちません。「㮈」が「梨」と近いのかどうかも判断不能です。

これでは埒があかないので、川崎市の「地名資料室」に行って訊いてみることにしました。ひょっとしたら地元では既知のことかも知れませんので、案外すんなり答えが返って来るかも知れないと判断したからです。

資料室が蔵書していた迅速測図は復刻したものですが、刷りは悪くありませんでした。ただ、各区画に書いてある漢字が肉眼では判読し難いほど細かいのが辛いところ。資料室の方もこの字を虫眼鏡で判読して「字源」に当たっていましたが、やはり思い当たる節がなかった様です。

ただ、この復刻した迅速測図には、欄外に手書きのメモが添えられていました。最初は「何で書き込みがある図を復刻の元ネタに選ぶんだよ」くらいに思ってまともに読んでいなかったのですが、メモ中の幾つかの字がふと目に入って、この図について何か補足的なことが書き添えられているらしいと気づいて改めて読んだところ、何とそこに知りたいことの答えが明確に書いてあったのでした。
ひとまず、そのメモを判読できる範囲で書き出してみます(太字強調はブログ筆者)。

塩田ノ黒点ハ之ヲ除ク可シ塩田ハ塩(以下汚れで判読不能)
㮈字ハ梨ニ改ム
○○(判読できず)の黒点ハ之ヲ除ク可シ
氷屋ハ氷室ノ改ム
○(くさかんむりの下に「師」の偏と殳←恐らくこの図上だけに存在する字)ハ蘆ニ改ム可シ


このメモを誰が書き込んだか、署名も何もないので判断できないものの、復刻版作成時には記載されていたことから考えると作成・保管者であった旧陸軍ということになるのでしょうか。作図時に表記の統一を徹底できなかったのか、この図の中で他の図とは異なる表記になってしまった所を注意書きとして書き記したものの様です。そしてその中に、「㮈」が「梨」の意味であることが明記されていたのでした。因みに「塩田の黒点」と言っているのは区画内に格子状に並べて打たれた点のことで、「㮈」と記された区画も同様に点が打たれていることから考えて、敷地内の行動の障害になるものがあるかどうか(陸軍が地形図作成に乗り出したのは軍事行動に利用する目的だったので)という観点で合致しないという判断でしょうか。それなら桃園も梅園も黒点がないと辻褄が合いませんが…。

まぁ、地名資料室まで足を運んだ甲斐はありました。まさか欄外のメモで疑問が解消するとは思いませんでしたが、こういう事例を見ると原本というのはどんな情報を含んでいるものかわかったものではないことを思い知らされます。最近はどうしてもネットに当たりがちですが、必要だと思ったら元ネタに当たりに行かないと駄目だと改めて思った次第です。

それにしても、今の地形図上は梨園も桃園も果樹園記号でまとめられてしまいますので、迅速測図が個別に樹種を書いてくれていたのは後世にとってはありがたいことではありました。明治初期≒幕末に幾つか名物になっていた果樹のうち、梨がどうやら他を凌駕していたことがこの作付面積から伝わってきます。何故大師河原で梨だったのかは…調べが付く様なら次々回以降に書いてみます。



追記(2013/11/12):歴史的農業閲覧システムの該当箇所へのリンクが正常に表示できなくなっていたため、リンクを張り直しました。同システムが迅速測図のデータを更新した様で、以前ほど拡大することは出来なくなりましたが、幾らか画像が鮮明になり、文字も以前よりは判読できる様になりました。
また、川崎市の地名資料室のURLも川崎市ホームページのリニューアルに伴って変更されていたため、新しいものに変更しました。
(2015/11/22):「歴史的農業環境閲覧システム」へのリンクを「今昔マップ on the web」の埋め込みに切り替えました。なお、「今昔マップ on the web」も「迅速測図」については「歴史的農業環境閲覧システム」をAPI経由で表示させていることから、本文中に「歴史的農業環境閲覧システム」と出て来る箇所についてはそのままにしています。
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この記事へのコメント

- miroku - 2012年09月09日 09:28:40

 はじめまして。
 旧い地図から当時の特産品を考証してみるという作業に興味を覚えました。
江戸時代の町割りを記した古地図も面白いですよね。ここが何処の大名の屋敷だったとか、長屋があったとかで、記された時期によっても土地利用の変遷がみえてきますから。
 他の記事もゆっくり拝読させてもらいます。

Re: タイトルなし - kanageohis1964 - 2012年09月09日 11:32:25

コメントありがとうございます。そうですね、昔の地図も視点の持ち様で色んなことを教えてくれると思います。この記事の続きも出来るだけ早くアップしたいと思いますので、またよろしくお願いします。

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