相模国の柴胡について 補足:小田原・久野山の秣場

ファイル:Bupleurum falcatum1 eF.jpg - Wikipedia
ミシマサイコ(再掲)
("Bupleurum falcatum1 eF".
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以前、相模国の柴胡についてまとめた際には、「新編相模国風土記稿」の記述から亀井野村(現・藤沢市亀井野他)の秣場が比較的高度に利用されており、それがミシマサイコの生育環境に合っていたのではないか、ということを解説しました。

その際には、「風土記稿」で柴胡の穫れる環境について触れているのが亀井野村の項だけであると書きました。確かにその通りではあるのですが、各村の項を読み返していて、秣場の高度な利用が行われていたことが記されている村がもう1村あることに気付きました。今回はそちらを補足として紹介します。

その村は足柄下郡の久野村(現・小田原市久野)です(以下「風土記稿」の久野村の項の引用は、卷之三十四 足柄下郡卷之十三、雄山閣版より)。現在でも小田原市久野の範囲はかなり広いのですが、

東西二里三十町半南北三十町餘、東、池上・井細田・多古三村、西、山嶺を限り大平臺村、及足柄上郡宮城野村、南、荻窪村、及伊張山を隔風祭・入生田・塔ノ澤三村、北、多古・穴部・府川三村、及足柄上郡三竹山村、

特に東西方向に11km以上もある(南北に3kmあまり)村で、隣接する村の数も大変に多かったことがわかります。「風土記稿」の村の範囲の記述を見ていると、山間で広くなり、人口の密集する地域の村の方が小さくなる傾向があったことが見えるのですが、この村も御多分に漏れず基本的には山間の村で、ここは箱根外輪山の東側斜面に開けた村であることが地形図から窺えます。村境の峰には明星ヶ岳(標高924m)や塔ノ峰(同566m)といった山が連なり、その南には旧東海道の沿道から箱根の温泉街の村々の名前が並んでいます。

ただ、この山からは久野川という川が流れ出しており、

〇久野川勝澤川船ヶ原川附 勝澤川の源は、久野山中南の方、字小楢尾及中尾邊より出、伊張山中にて一流となり、川名を得、幅二間半、船ヶ原川は、久野山中北の方、字熊之木澤・しよい澤等より出、小名船ヶ原にて一流となれり、故に船ヶ原川の名を得、幅三間、板橋三を架す、長五間、此二川小名留場に至り合し、始て久野川の名起り東流す、幅四五間、板橋三を架す、長六間、

現在は山王川と呼ばれるこの川は、久野村の中を東に向けて流れ、久野村を出ると数村を経て山王原村で芦子川と名を変えて海に流れ出します。「小名留場に至り合し、始て久野川の名起り東流す、」と記されている合流地点から河口までの距離を現在の地図上で計測すると約4km、合流地点の標高が30m強、久野の出口で15mほどですから、東側は既に海から遠くない里であったと言えます。なお、現在はこの合流地点から上流側の川のうち、北側の流れが「久野川」と呼ばれている様で、「風土記稿」では「勝沢川」と呼ばれている流れに当たります。

この久野村の産物については

產物には柿實・梨子・柴胡・蕨の類多し、

としか記されておらず、柴胡をはじめこれらの産物が何処で穫れるものであるかは記されていません。しかし、この村の項目の中には「久野山」について記述された箇所があります。

○久野山 西方にあり.山中に熊之木澤・しよい澤・四ッ尾・中尾・小楢尾・椿澤等の字あり、此邊の高山にして、峯通郡界なり、其西方は足柄上郡に屬し、狩野山と唱ふ.此山中に薪を釆り秣を苅る村々、凡て三十七村あり、卽ち郡中に三十村、久野・今井・井細田・多古・中島・町田・荻窪・池上・穴部・同新田・淸水新田・府川・北ノ久保・飯泉・同新田・成田・矢作・鴨宮・上中下三新田・桑原・延淸・永塚・千代・高田・別堀・下堀・中里・西大友の村々なり、足柄上郡に七村、鬼柳・下大井・西大井・上大井・沼田・岩原・三竹山、各永錢を領主に貢す、

(三十村のうち、「久野」は雄山閣版では「入野」と記されているが、相武史料刊行会版を参照して誤植であることを確認の上修正。強調はブログ主)

上で見た通り大変広い村であったとは言え、37もの村からこの村に秣場や林を利用しに来ていたというのは、他にあまり例を見ない規模です。

久野村の秣場を利用していた村々
久野村の範囲(現在の小田原市久野の範囲から推定)と、
久野村の秣場を利用していた村々(Googleマップにて作成したもののスクリーンショット)

ここで挙げられている村がどの辺りに位置していたのかを、Googleマップ上でプロットしてみました。足柄下郡の30村を青、足柄上郡の7村を緑で示しました(なお、足柄下郡飯泉新田は現在の小田原市飯泉の領域に含まれると思われますが、正確な位置を判断出来なかったので、プロットされたピンの数が1つ少なくなっています)。この中では足柄上郡西大井(現・足柄上郡大井町西大井)が久野村から最も離れていたと思われますが、西大井村から久野村の入口までで約8km離れています。西大井村が利用していた秣場が久野村のどの辺にあったかはわかりませんが、広い久野村の中を移動するだけでも更に片道数kmの移動が必要になる可能性が高いですから、往復では20kmを大きく超えていたかも知れません。

秣場は耕作地とは違い、自生しているものを採集する場ですから、西大井の村民が連日通い詰めてくるということは少なかったと思いますが、それでもこんなに遠くの村までがわざわざこの地にやって来ていたということから考えると、この久野村の秣場はよほど「生産性」が高かったのだろうと思われます。地形から想像するに、恐らくは火山性で水捌けが良く、南に面した斜面が大きいことが自生する植物に有利だったのではないでしょうか。

そして、これだけの村々が大挙して久野村に来て秣場を利用し、その中から貢税を出していたという状況からは、この秣場も亀井野村の秣場と同様、やはり生態系への人的撹乱が大きくなる要素が十分にあったことになります。久野村の柴胡がこの秣場から出ていたとは書かれていませんが、関連性があったことを考えてみたい状況ではあります。今回この記事を書くに当たっては久野村に伝わる史料などは未確認のままですので、今後機会があればそちらにも当たって委細がわかれば、と考えています。

また、この久野村の北に隣接していた三竹山(みたけやま)村(現・南足柄市三竹)からも柴胡が出たことが、足柄上郡の図説に記されていますが、この村も久野村同様に箱根外輪山の東斜面に開けた東西に長い村(「風土記稿」では「東西一里半、南北二十町餘」)で、ここから分澤川と呼ぶ川が流れ出していたことも良く似ています。この村の秣場については特に記されていませんが、あるいは久野村同様に生産性の高い、従って人的撹乱が大きい地であったのかも知れません。




久野15号墳入り口のガイド(ストリートビュー
久野1号・4号墳への案内も見える
これだけでは文量が足りないので、「風土記稿」の久野村の記述から余談を少々。「風土記稿」の久野村の項の最後には、

◯塚 小名諏訪原より留場の邊に至る迄、所々に散在す、都て二十八高五尺より八尺に至る、

と、多数の塚が存在したことを記録しています。

現在、これらのうちの幾つかについては古墳であったことが確認され、右のストリートビューに見える様にその場所が保存されています。敷地周辺は農地などに利用されている様ですが、ウェブ上で検索してみた限りでは見学可能な状態になっている様です。「風土記稿」が記す全28件の「塚」が全て古墳であったかどうかはわかりませんが、かなりの件数の古墳が確認されている状況から、恐らくはかなりの比率で古墳が混ざっていたと言えそうです。この箱根外輪山の斜面地が、古代から比較的利用しやすい土地であったことの裏付けになるでしょうか。

また、この久野4号墳や15号墳がある辺りは「諏訪の原」と呼ばれ、現在はその一角に「小田原フラワーガーデン」が造られています。この小名について「風土記稿」では
  • △諏訪ノ原 府川村諏訪社の邊なり總世寺除地の内なり、故に古記に總世寺の所在を、諏訪原と記するあり、天正小田原の役に、東照宮當所に暫し御本陣を居ゑ給ひしこと所見あり、詳なる事は下御陣所蹟の條に見えたり、
  • ◯東照宮御陣所蹟 天正小田原の役に、東照宮は足柄山を越えさせ給ひ、諏訪原に陣し給ふ事、古記に往々見ゆ、されど當村には其傳を失へり、盖當所に暫し御陣を居させられ、夫より今井の御陣所に移らせ給ひしなるべし、【遺老物語】曰、…【管窺武鑑】曰、…【大三川志】曰、…

(…は中略)

と、ここが徳川家康の小田原の役に際し、箱根を越えた後に一時滞在した場所であることを伝えています。ただ、「風土記稿」の現地での調査の際には、久野村の側からその様な言い伝えを聞き取ることが出来なかったのでしょう。現在、「今井の御陣所」として伝えられる場所(現・小田原市寿町4丁目)には、「風土記稿」の足柄下郡の稿が成立したのと同じ天保7年(1836年)に小田原藩主が建立した石碑が立っていますが、この諏訪の原の辺りではその様な由緒を伝える石碑などは、やはり立っていない様です。



PS:今回「産物」というカテゴリーを追加しました。「風土記稿」で産物として紹介されたものについての記事などをこのカテゴリーに収める予定です。従来の記事についても、この記事アップ後追って再分類します。
追記(2016/01/17):ストリートビューを貼り直しました。

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でも参照されている方が多い様ですので設置を継続します。

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