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新編相模国風土記稿:山川編の産物

新編相模国風土記稿相模国図
「新編相模国風土記稿」卷之三に収録された「相模國圖」
「津久井郡」と記されているが、元図の明記がないので
元図に記されていたものか筆写ミスかは判断不能
前回の補足です。

「新編相模国風土記稿」3巻では、「山川」と題して相模国内の主だった山や川が列挙された後、同国内の「物産」が並べられています。これは基本的には前回紹介した各郡の産物をまとめたものなのですが、中に幾つか各郡の紹介には含まれていないものが入っています。そこで今回は、この「山川」編の一覧の中から、前回の一覧に漏れているものを書き出してみることにしました。思った以上に抜けがあって、「基本的には」と言いながら例外とするには件数が多いので、前回の説明は必ずしも正しいとは言えないかも知れませんね。

なお、項目自体は前回の一覧に含まれているものの、産出地の記述が各郡の紹介に一部含まれていないものもこの一覧に収めましたが、その場合は該当郡の記述を強調してあります。項目自体が各郡の一覧に入っていないものは項目名の方を強調しました。他方、項目名や地名の記述に表記の相違も幾つか見られましたが、こちらは一覧からは省きました。

書き出してみて、特に海産物が各郡の一覧から大々的に漏れているのが良く分かりました。郡にあってこちらの一覧に無いのであれば、統括する上で取捨選択を行ったと解釈できるのですが、この事例では逆になっています。各郡の一覧と山川編の一覧が別々に編まれた可能性が出てきますが、その際にどの様な基準がそれぞれで適用されたのかはわかりません。大住郡・淘綾郡の海産物は重複が多いのでこちらに集めて各郡毎に記すのを止めたのかも知れませんが、必ずしもそれだけでは無いことが一覧から窺えます。滑海藻(アラメ)が漏れたのは未滑海藻(カジメ)と見間違えたのでしょうか。淘綾郡の華臍魚(鮟鱇のこと)がこちらには含まれていますね。

また、足柄上郡の金銀、足柄下郡の小田原石や大住郡の醋(酢)など、かつては産出していたものが途絶えてしまったものが比較的多くこちらの一覧に含まれている様にも見えます。しかし、足柄上郡の蛍や鎌倉郡の刀剣などは当時も産出していたものと思われ(特に鎌倉の正宗は現在も子孫の方が現役で店を構えています)、これも必ずしも双方の一覧の取捨選択を説明する要因にならない様です。あるいは、最後の雲雀(ヒバリ)が同地にあった中原御殿の由緒と共に紹介されている様に、由緒の深いものを優先的に選択していると見ることも出来そうですが、これも一概に言えない面もあります。

いずれにせよ、「風土記稿」に記された相模国の産物については、こちらの一覧と各郡の一覧を併せて見るのが良さそうです。鎌倉郡の「山茶」(椿)や足柄下郡の「蛍」など、当時の江戸市中の風物や当時の博物学面の「言分け」の問題などと併せて考えたい産物もこの中に数々含まれています。

なお、前回良くわからないと書いた「柏(栢)皮」ですが、これは字義通り「柏の皮」ということで良さそうです。実際に漁網に柏の皮から煮出したタンニン染料を使って防腐効果を期待して漁網を染めていた事例がある様で、こちらに茨城県の昭和25年の腐食試験の結果が掲載されています(リンク先はPDF)。この結果を見ると、柏の皮の染料に漬けることで漁網の腐食を1ヶ月程度は抑えることが出来た様です。

産物分類「風土記稿」の説明関連
記事
金銀鉱物永祿の始、足柄上郡三𢌞部村山中、金澤と云地より產せしとぞ、其事蚤く廢せり、事は彼村觀音院の傳に詳なり、
鉱物足柄下郡に出づ、中に就て根府川・米神二村に產するを根府川石と云ふ、岩村、小松田及土肥吉濱、同門川二村に產するを小松石と稱す、眞鶴村の產を眞鶴石と唱ふ、鋪石・礎石・甃石の料にあつ、根府川村荻野尾山より產するを荻野石と名づく、同村海岸より產するを磯朴石と呼び、江ノ浦村の產を玄蕃石と云へり、其餘小田原石と稱し、風祭村より產せしが今廢す、/
砥石鉱物大住郡戸川村の山中に產すれど他に鬻ぐ事なし、霖雨の頃同村中、水無川水勢强くして砥石流れ出ることありと云ふ、
燧石鉱物足柄上郡宮城野村の山より出、黑色なり、
紫根植物足柄上郡矢倉澤村同下郡底倉村等に產す/
/
狗背植物足柄上郡仙石原村邊に多し、//
靑芋植物足柄下郡石橋村の產佳品なり、每年領主より公に獻ず 足柄上郡三竹山・猿山兩村にも產す
薯蕷植物足柄上郡宮城野村に產す、//
滑海藻海草和名、阿良女、◯三浦郡西浦賀分鄕小名久比里及同郡所々の海中に產す、
梅實農産物足柄下郡小田原宿、鎌倉郡玉繩領邊に產す、古風土記殘本にも、當國の產に列す、消󠄁梅實は足柄上郡上曾我村に產す、//
老杉林産物?神代杉と稱す、足柄下郡仙石原村より出づ、
山茶農産物和名、津婆幾、◯鎌倉郡玉繩領邊の花を美とす、土俗鎌倉椿と稱す、
農加工品大住郡中原上宿の民、造釀せしを同所の縣令成瀨五左衞門、年々公に獻ず、故に成瀨醋と稱せしとなり、後年其事廢せり、當所より江戸靑山に通ずる道に御醋街道の名今に存す、//
刀劍工芸品鎌倉郡扇谷村の住、彌右衞門綱廣は正宗より五代、廣正以來當所にに住し、中興より綱廣を通稱とす、御分國以後も御野太刀御鑓御鏃等の製造を命ぜられ、今に其地を給ふ、
鑄器工芸品足柄下郡小田原宿古新宿町の住、次郎右衞門、往古より鑄物師職にて永祿・天正中、北條氏より鐵炮以下、諸品を造らしめし時の文書を藏し今に連綿す、又同町にて此職を業とする者あり、愛甲郡下荻野村にも平十郎と云ふ者、古より同じ業を相續す、其餘國中所々に同職ありしこと、次郎右衞門藏文書に載たり、今小新宿町、下荻野村の外は皆廢す、
林産物足柄上郡東西山家及宮城野村、同下郡土肥山邊にて多く燒、是を眞鶴炭と云、古愛甲郡煤ヶ谷村より年々北條氏に炭を貢せし事、其頃の文書に見ゆ、御入國の頃より三增・角田・田代・中下荻野五村にて御茶事の料に充らるゝ炭を燒て貢せしに、元祿十一年より代永を收む、又近き頃丹澤山にて、燒せられしが今は廢せり、1/2/3
4/5/6
7/8
農産物愛甲郡半原村邊及び津久井縣中野村、高座郡長後村邊にて畜ふ、
足柄下郡甲州道、穴部村邊に多し、
[魚衆]魚介類也麻女、◯津久井縣中の川々に、多く產して佳なりと云ふ、又足柄上郡河内川・彌勒寺川にも產す、
杜父魚魚介類可自加、◯足柄 (上欠ヵ)郡河内川・彌勒寺川に產す、其餘山間の谷水にもあり、
魚介類三浦郡三崎町内城村・久里濱村邊・淘綾・大住・足柄下郡海中にて漁す、北條氏より出せし文書に鯛魚の事見ゆ、大住郡須賀村、足柄下郡小八幡村三浦郡久里濱・公鄕二村の民所藏文書にあり、
方頭魚魚介類和名安未多以、淘綾郡大磯宿にて漁獵す、
比目魚魚介類淘綾・大住・足柄下郡等の海にて漁獲す、
鰹魚魚介類三浦郡中多く漁す、就中三崎及び城ヶ島邊にて得るを上品とす、三崎町よりは每年公に獻ず、鎌倉・高座・大住・淘綾・足柄下の五郡の海にても漁す、鎌倉の海鰹魚の事、兼好が【徒然草】に見えたり、又足柄下・淘綾・大住三郡にて宇豆和と稱し鰹魚の小なるを漁す、
魚介類高座郡鵠沼・辻堂・茅ヶ崎三村にて多く漁す、又大住・淘綾・足柄下三郡の海にても漁す、北條氏、大住郡須賀村へ出せし文書に鰺の事見えたり、
鯖󠄃魚介類高座郡茅ヶ崎村及び足柄下・大住・淘綾の三郡にて多く漁す、
保宇保宇魚魚介類漢名詳かならず、俗、魴鮄魚と書す、足柄下郡米神村邊にて漁す、
魚介類高座郡茅ヶ崎・鵠沼・辻堂三村三浦郡長澤村邊にて多く漁す、又大住郡須賀村にても漁す、
滿久呂魚魚介類鮪の種類なり、足柄下郡の海中にて多く漁す、其中前川村最多し、淘綾・三浦二郡の海中にても漁す、又土人可自幾と唱ふる同種のものを漁せり、
魚介類足柄下・淘綾・大住三郡の邊にて漁獲す、
華臍魚魚介類安武可宇◯淘綾郡海邊にて漁す、
海鼠魚介類三浦郡横須賀村三崎町以下所々にて多く漁す、
石决明魚介類三浦郡長井・三崎・久里濱の三所より出るもの最美なり、走水村よりは永錢を貢す足柄下郡眞鶴村邊、淘綾郡大磯宿邊にても漁す、北條氏の頃命ありて小田原へ出せしこと、久里濱村民所藏文書に見ゆ、又眞鶴浦にて漁したること、此頃のものに載す、
雲雀野鳥大住郡波多野庄邊及び糟屋庄の邊に多し、慶長の頃中原の御殿を、土人雲雀野の御殿とも稱せしと云う、//
此餘【延喜式】及び古風土記殘本に、載たるもの多くあれど、今傳へざるは爰に贄せず、

※以上、雄山閣版卷之三より、仙石原村が「足柄下郡」と表記された箇所があるが原文ママ

※字母はなるべく原著に忠実になる様に心掛けた。一部に異体字セレクタの数値文字参照を挿入しているため、ブラウザによっては該当箇所がが文字化けとして表示される可能性がある。該当する字母を拾えなかった箇所は[]内にその字のつくりを示した





追記(2014/07/22):「風土記稿」の産物に関する記事が大分増えたので、こちらに「関連記事」欄を新設してリンクを示すことにしました。併せてこの記事を「産物」カテゴリの最新記事の1日前の日付に合わせる運用にします。但し、この記事のコメント欄やトラックバックは開けておきます。
(2014/10/04):「梅實」の項目に鎌倉郡玉縄領の記述があるのを見落としていたため追記しました。失礼致しました。
(2015/12/02):茨城県のサイトのリニューアルに伴い、PDFへのリンクが切れていたため、新しいURLに切り替えました。
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管理人のみ閲覧できます - - 2014年05月24日 09:08:49

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