【江島道】「見取絵図」に沿って(補足:東京美術版解説の写真の比較)

前回の予告では、今回はこれまでのまとめを行う予定でしたが、想定外に内容が膨れそうなのと要調査事項が幾つか出て来たので、予定を変更して補足を先に出します。

今回使用した東京美術刊の「江島道見取絵図」は、昭和52年(1977年)に刊行されました。それを受けて、最初の回に

同書の解説も参照しますが、昭和52年刊と比較的古いので、既に現状が変わってしまった箇所についてはその旨書き出しておきたいと思います。

などと書いたのですが、読み返してみるとあまりその点に触れられずに終わってしまっていますね(汗)。そこで、この解説に掲載された写真を中心に、現在との変異をまとめておきたいと思います。但し、江島道に直接関係のない景観の変化については本題から外れるので必要最低限に留めます。

  • その2」で取り上げた白山社境内のイチョウは解説の写真ではまだ葉を茂らせており、「この石段と銀杏樹とには歴史の重みが残されている」とキャプションが付されています。

  • 江島道見取絵図:東京美術版解説馬喰橋
    東京美術版解説の馬喰橋の写真

    現在の馬喰橋の対岸からの様子(ストリートビュー
  • その4」の馬喰橋(うまくらばし)は護岸ともども更新前の姿が写っています。現在は橋と言うよりは護岸と一体化した潜函状になっていますが、当時はまだ桁橋だった様です。また周囲の林も現在よりも広範囲に広がっていたことが窺えます。

  • 江島道見取絵図:東京美術版解説小動の松
    東京美術版解説の小動の松の写真
    江島道:現在の小動の浜
    現在の小動の浜
  • その8」の七里ヶ浜では小動の浜の漁港から浜へと下りました。現在は消波ブロックを使って防波堤を作って船着場としていますが、解説の写真ではまだ消波ブロックなどは確認出来ません。

    また、解説のキャプションでは「小動の松」と表現していますが、小動神社の境内に生えていると思われる松の木が数本際立っているのが、やや遠目の写真でも確認出来ているのに対し、現在は松が飛び抜けているのを見ることは出来ません。松の木が残っていない訳ではないのですが、その間に林の遷移が進み、広葉樹などが増えてきているために松が際立たなくなってきているのは確かな様です。この点は稲村ヶ崎の写真でも同様の状況を確認することが出来ます。かつては選択的に松を植える傾向が強かったのに対し、現在は雑木林などを利用することが無くなったため、自然の遷移が進んで以前の景観とは違ってきている訳です。この点は江戸時代の景観を考える際には念頭に置かなければならないポイントと思います。

    余談ですが、江の島の燈台は「江の島シーキャンドル」に更新される前の状態のものが写っています。

  • 江島道見取絵図:東京美術版解説日蓮袈裟掛け松
    東京美術版解説の日蓮袈裟掛け松の写真
  • その11」の日蓮袈裟掛け松ですが、石碑は半ば草に埋もれた状態で今の方が整備されているものの、当時はまだそれらしき松が存在していたことが写真で確認出来ます。但し、この松もこの時点で既にかなり状態が悪くなっていた様に見えます。

細かく見ていけば他にも変化した箇所はありますが、主だったところではこんなところでしょうか。この解説では周囲の開発によって失われる風景のことを盛んに取り上げていますが、現在はそこから更に人為的な変更や自然の変化が重なっていると言えるでしょう。

次回は改めてまとめ…られると思います(汗)。



追記(2016/01/10):ストリートビューを貼り直しました。

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でも参照されている方が多い様ですので設置を継続します。

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