【江島道】道筋を同定し直しました…

江島道見取絵図-2
以前の記事の解説図(再掲)
以前、「江島道見取絵図」について簡単にまとめました。その際、右の図の様に常立寺の先の野道が洲鼻を経て江の島へと至る道であろうと解説したのですが…。

その後「見取絵図」を見返していて、どうもこれはおかしいと思い始めました。下の方に描かれているのは龍口寺の境内なのですが、江島道はその龍口寺の境内からは大分離れた場所を進んでいる様に描かれています。従って、上記の説の通りであれば、現在の龍口寺前を通る道と洲鼻通りの間にもう1つ別の道があったことになります。しかし、「迅速測図」を見ていてもその様な道は見出せません。「見取絵図」に表現されるレベルの道が、明治初期に描かれた迅速測図上に表記されなくなる様な大きな変化があったとは、当時まだ積極的な道路建設が行われている時期ではないだけに考え難いことです。

江島道見取絵図:腰越付近修正
「見取絵図」の腰越付近
また、腰越手前の神戸(ごうど)川には「見取絵図」で「飛石渡り」と記されており、その東側では波打ち際を進むことを示す表示になっているのとも一致しません。波打ち際を進んだ江島道は、浄泉寺の手前で別の道と合流していますが、かなり家が建て込んでいる様に描かれており、この道は龍口寺前から神戸橋を経て来る道と考えられます。

そこで、この絵図はもう少し洲鼻方向へ入っていって浜へ降りている筈ではないかと思い直し、線引をやり直すことにしました。しかし、疑問点が2点あります。

江島道見取絵図:洲鼻付近修正
「見取絵図」洲鼻付近
1つ目は、洲鼻のどの辺りから浜に降りたのか、という点です。現在は国道134号線が通り、そのぎりぎりまで10階を超える建物が立ち並んでいますが、江戸時代にはこの辺りは全く建物がなく、道筋も描かれていません。これは上の「迅速測図」でも同様で、恐らくその道の途切れた辺りから東浜方面に逸れていたと考えられるのですが、現在マンションが建っている辺りは標高10m前後の砂丘になっており、「見取絵図」ではこの砂丘を迂回する様にして砂浜へと向かっていた節が窺えます。勿論、現在ではその様な区画を見出すことは全く出来ないのですが、現地が元は砂浜や砂丘であったことから考えると、逆S字の道を現在の地図上にプロットしようとしてもなかなか上手く行かないことも相俟って、見取絵図に描かれている様な道が本当に付けられていたのか、疑問を感じます。

但し、砂浜へ降りた先に「津村・腰越村入会」の表記があることから、現在の藤沢市と鎌倉市の市境に当たる場所よりは西側であったことは確実だろうと思われます。江戸時代後期の絵図ですから、明和5年(1768年)の腰越村・片瀬村の村境争いの結果は反映されている筈で、恐らく現位置と考えて差し支えないでしょうが…。

因みに、絵図にはかなり大きな「茶屋」が描かれていますが、これが現在どの区画に当たるのかは不明です。また、洲鼻通り沿いには「紀伊国屋」というかなり古い旅館が建っているのですが、こちらは明治初年の創業ということなので、絵図の当時には存在しなかった筈です。但し、紀伊国屋創業以前に同地に別の建物があったかどうかは不明です。

もう1点は、そもそも何故龍口寺をこれほどまでに迂回しているのか、という点です。この道筋は勿論かなりの遠回りになりますし、比較的短い区間とはいえ砂浜を歩くとなれば足元にはかなり負担が掛かります。見取絵図の描き方から龍口寺前には既に現在と同様の道(ここを江ノ電が併用区間として使っている)があって参拝客によってかなりの賑わいを見せていたと考えられ、絵図では脇道を示すために細道に描かれているものの実際はそれなりに幅広の道であったと思われます。江の島に用がないのであれば龍口寺前を通過する道でも良かったと思われますが、公儀に際して龍口寺前を通過することが何らかの理由で憚られたということでしょうか。

「江島道見取絵図」の
修正後のルート
ともあれ、この点を踏まえてひとまずルートを引き直してみました。また、小動(こゆるぎ)から先では国道134号線を降りて波打ち際を行く筋に合わせました。飽くまでも暫定版ということで御理解下さい。なお、以前の地図もそのまま残しています。

これを受けて、「江島道見取絵図」についても「浦賀道」同様に逐次的に追ってみようかと考えています。先日の遊行寺の写真は、江島道を歩き出す前に立ち寄った際のものだったのですが、まだ改めて関連資料を漁っている段階ですので、まとまり次第始めたいと思います。



おまけ:
そんな訳で、江島道を「見取絵図」通りに歩くと龍口寺前も江ノ電の併用区間も通らないことになるので、紹介の機会を失しない様にこちらで一足先に出します。
腰越・国道467号の坂上から龍口寺山門前の江ノ電
国道467号の坂上から
龍口寺山門前の江ノ電
龍口寺山門と本堂
龍口寺山門と本堂
龍口寺本堂と五重塔
龍口寺本堂と五重塔

腰越:併用区間を行く江ノ電
併用区間を行く江ノ電
腰越・神戸橋を渡る江ノ電
神戸橋を渡る江ノ電

…気がついたら縦位置の写真だらけになってました(笑)。



追記(2013/11/13):「歴史的農業環境閲覧システム」のリンクを張り直しました。

(2013/12/26):「見取絵図」の腰越付近の絵図で、「満福寺」を「万福寺」と表記していたため、こちらの記事に再掲する際に修正を加えました。


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でも参照されている方が多い様ですので設置を継続します。

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